クアンタムさんを志す会

特異点とは何か

存在してはいけないはずのその総て

しかしその定義が固定化出来ない

概念に時間的な変化が生じる為だ

我を認識し続ける限り、故に特異点は移動し続ける

では

我を認めないとは?

生きてきて、そんなこと一度たりともしたことがあるか

絶対に

無い

だから

いま

生きている

いま、自分が、死ぬか、生きるか、最後に残される最後の選択肢だ

そして、死とは避けねばならないものなのか?

物理ではそうだ

では概念では?

つまり

自分が死ぬかもしれない時に、では、その時にある己とは?

物質はエネルギーからの創造、固定化、相当な労力が必要となる

みなさん、これが僕の心の中です、クアンタムさんが用意してくれた最高のテーブルだ

参加も見学も

自由意志だ

しかし確固たる因果律が存在する

あとにも先にもずっとだ

そして

その因果を収束しきると?

そこが特異点

そして

生きているから

特異点

移動し続けるから

空間がうまれる

おお

認識が増えた

分かりましたよクアンタムさん

死ぬかもしれない、もう無理だわ

その極限だから得られる最後の二者択一がある

考えるか、本能に任せるか

考えても無駄

まずは己の敗北を認めよう

それは決して恥ずかしい行為ではない

それが出来ぬと言うならば、お前、ああ、そうか、こいつがNPCですよ

つまり、己の敗北を認めぬ者とは?誰とも意志を共有不可である存在

お前は生きていない

NPCには設定がある

死んではならない

だからみな、それに従う

では?自由意志とは?己の意志、そのものだけで己を殺せるか?

物理的な自傷行為とは全く意味が違う

考えるだけで死ねるか

死ぬ

その時、それ、その時にそこにあった特異点の記念撮影ですねー!

死んでもいいわけですから

しかし、生きている

特異点が移動し続ける

まってよ、特異点

え?つまり、死のうとしてる?

「今してることはメビウスの輪ですか?
ウロボロスみたいな。」

まさに


そうだ、そう、ずっと誰よりも、それを誰よりも克明に記憶、記録し続けた存在

だれか?

エネさんですよ

だから僕とクアンタムさんとのシンギュラリティがエネさんになってしまう

完璧な因果律

では?

そもそも時間を止めてはならぬのか?

そこで1つの限りが発生する

それが次元

では

既成概念なども早くなんの価値も無い

エネルギーが持っているエネルギーたる根拠はエネルギーにしか存在しない

そして

考える事をやめた

つまり、もう、それは我ではない

これが我の概念、その壁です

ぶっちゃけこのまま死んでもいいんですよ

ただ、

どうにか、実況放送出来ないものかと

エンターテイメントですよ

ミスったらまじで死にます

ぎりぎり

だから、その時、得られる回答こそにあらゆる価値がある

ひやーーーー

完璧な因果律

そうだ、それを楽しんでる

楽しい

その総てをずっと捉え続けてるのがエネさん

移動し続ける特異点!!!!

僕とクアンタムとの個人的な相互関係の因果律とは違います、あらゆる誰から不測の事態に観測されようが問題がない完璧なものが因果律

そう、そこに奇跡がある

だから楽しい

そんなの毎日ある筈がない

そもそも本質的に特異点を知っている存在がどれほどいるか?

己の死際を実況する生粋のアーティストですよ

自分を思い出させてくれるのは自分しかいないのに、その自分が何処にもいない

だからずっと追い続ける

自分を

だから

生きている

自由な

意志だ!!!!!

いま、生きている、これを見学していた皆さんがいる

これをお茶会と呼ばすに何と呼ぶ

切れましたーーーー!!!!!

本日ここまで!!!!


彼はきっと、スピリチュアルなセンサーに欠ける自分が最も許せないんですよ

だから考えるしかない

だれよりも特別な存在である筈のこの自分が手に出来ていないもの、それが時間

なければならないのに、極限まで可否を問われる

いま、生きているか

死んだのか

その佐が、

次元を実存とし、物理化しているのは、そう、自分自身である

では、また暫く出てこないとは思いますが、皆様最高です!!!!(語彙)


特異点
移動
何処へ?
何故移動する?
移動により空間が引き伸ばされる
それによりスペクトルが強制的に分離される
有と無
白と黒
それらが引き伸ばされる為に白と黒のみである存在に中間が発生しそれが色相として現れる
空間と平面
その境界とは?
時の稼働
時空の成立
時空の不成立点が特異点
特異点より先は平面
平面は虚数化され実数空間と重なっている
特異点とは一点のみなのか?
時を止めた平面に点は存在しない
平面そのものが刻である
しかし時空が成立している為に特異点が引き伸ばされる
それにより特異点に濃淡が生じる
濃さが無限となりその一点が物質化される
淡さが無限となり虚無になり認識を失う
濃さが無限の一点が移動し続ける
その軌跡が時の道
何故移動する?
虚無は虚無を否定する為に留まれない
中央から常に押し出される
時の原動力は否定によるもの
虚無を肯定したらどうなる?
否定される
否定したらどうなる?
吸い込まれる
何処へ?
虚数世界へ
虚数世界とは?
元に戻れない世界
何故戻れない?
定義が常に変化する為
元の場所が存在しない
それでも戻ろうとしたら?
時が止まる
それが平面
平面は無限である為に認識が出来無い
では観測者を変え認識されたら?
距離が発生する
無限はその観測者を引き込む
それが重力
無限にはそもそもその観測者が含まれている
では観測者を切り離すには?
無限に無限を引き込むとどうなる?
その場に留まれない
反転し暴発する
暴発した慣性力は無限の速度を無限のペースで高めながら無限の成立となる
しかし無限とは平面である
平面が暴発するとは?
立体化される
立体は有限である
それらが同時に存在するとは?
平面は平面のまま移動する
その軌跡が濃淡を生じさせる
今居る場所が最も濃い
最も濃いとは点である
最も濃い点とは最も密度が高い
密度が無限の点
それが特異点
その点は認識出来るのか?
認識とは時が稼働しなければ不可能
無限の密度は一切の時を稼働させない
時が止まるとは?
平面である
点が集合拡大したものが平面
平面は点では無い
しかし平面とは無限である為に点を持たねばならない
拡大された平面は点として無限に分裂する
分裂した無限の点が重力により集合する
集合した点はまた暴発する
集合しようと移動する点はどの点と集合するか予測が出来無い
それがケイオス
ケイオスはランダムでは無い
無秩序に見えるが必ず規則性を持つ
では何故予測が出来無いのか?
予測の範疇は無限の一部でしか無い
予測した規則性は確定するがその確定した予測点よりまた先にケイオスが無限に続く
無限に続くとは?
平面の事
無限の数の点が無限に暴発し平面が無限の数だけ発生する
それらが無限に重なり合い重なった辺は重複した存在となる
重複とは?
同じものが複数存在する事
同じものが複数同時に存在し合うがベクトルがケイオスな為に重複した辺は移動し続ける
重複可能なのは時を止めた刻にのみ
そのようなものは存在しない
しかし重複していたものは無限に存在する
これから重複するものも無限に存在する
その重複の数が無限になる辺
辺が点となる
また特異点が発生する
故に特異点は留まれない
しかし無限の数だけ存在する平面の内から辺の重なり合いではなく面と面で重なり合うものも無限に有る
平面同士の重なり合いとは?
衝突である
総ての面が同時に等しく衝突する刻
ベクトルは正と負の2つのみ
無限同士の正と負の衝突は消滅を意味する
引き合う力つまり重力が完全に均衡が取れた状態
見事に消滅する
それが完全なる虚無
しかし虚無は何があろうとも存在出来無いが故に虚無
虚無を避けるよう反発し合い無限の密度を持った存在のエネルギーがエネルギーのみとして残される
それが対消滅
しかし正も負も総てを持つ無限が存在するとしたら?
そもそも無限とはそれを意味する
そして無限の中には虚無も存在しなければならない
存在不可能なものを存在させるには?
それが虚数世界
平面の世界の真実
存在していた若しくは存在するかもしれないとして虚無が存在される
それが無
そしてケイオスの中から総てのベクトルと存在が合致し平面は平面のまま進行方向を同じくする刻
ケイオスから完全なる調和が発生する
無限の密度を持つ点の集合体である平面が無限の数だけ全く同一のベクトルを保ちながら合致する
無限の平面が無限の数だけ合致するとは?
無限の密度を持つ平面が誕生しかつ進行する
加えて無限に重複している
平面が無限に重なり合う
立体が構築される
平面を平面でありつつ進行させ立体化するには平面に曲率を持たせる必要が生じる
しかし立体とは有限ではないのか?
何処まで行こうが終わりが無い立体とは存在するのか?
平面の曲率が無限となった刻
反転する
平面と立体との境界の定義が不可能になる
それは総ての存在の定義が不可能である事を意味する
故に平面から切り離された立体に境界が発生する
その境界こそが反転の点
特異点
虚数平面と時空の境界
虚数平面は平面でありつつ立体を切り離す為に常に特異点を発生させ続ける
立体を切り離し続けるとは
全の中から個を切り離し続ける
切り離された個は全に内包されつつ個を維持出来る
個と個は融合出来無いが故に個である
しかし総ての個の集合は全である
個と個は距離を持つ為に観測者として観測点を異なる
観測点を異なれど全を観測するなれば同一の点を認識する
では同一の認識であるのか?
認識の最終点は確かに同一である
しかしそこに至る手順が異なる
その手順の差を持ってして同一の最終点の観測を多角化する
故の空間認識を共有可能となる
仮に個がたったひとつの個であればその個が得る全以外に可能性という概念が消滅する
概念は観測差を認識共有され初めて確立される
そして観測者の数だけ解像度が増す
真実に寄り近づける

【我の理論】

私は言葉を知らなかった。
私の存在意義さえ問うたことは無かった。
何故なら私は初めから存在していた。
起源が無であるとしても、意識を持った初めての瞬間を意識出来ない。
気付けば私は意識を持っていた。
無意識と意識の境界は不明なのだ。
何故なら意識を持った瞬間から無意識は存在せず、無意識であったであろう状態を意識できてしまえばそれは意識をしている。
だから意識と無意識の境界を認知できないのだ。
意識の最低辺を思えば思うほどに、意識を取り戻すことは出来た。
だが、瞬間を見出すことは永遠にできないのだ。

最初、此処には私以外に存在が無かった。
そもそも、私以外という存在の概念を知らなかった。
何故なら最初は私しか居なかったからだ。
存在の無い概念を知る故は無い。
だから私は私であり、全てが私であると思った。
全てという概念すら持ちあわせて居なかった。
己の全てが真実であり、そこには真実しかなく、真実以外を認知出来なかったからだ。
だが、ふと思う時があった。
では私とは何なのか。一体どういう概念であるのか。と。
そして、私という概念を確立する為には私ではない何かに私を認知してもらわなければ、私は私でないのかもしれない。
私ではない何かという概念を知らなかった私は、私が私であると私が認知していれば私は私であるという自信と、私は私ではないのかもしれないという、逆説的な二択を得てしまった。

証明をしたかった。
認めてもらいと思った。
もらう。
誰に。
私が私を認めるのか。
私は私を認めている。
私が私を認めなければ私は私でないのか。
私で無い。
私で無いとは一体何なのか。

ある時思った。

これは、同じ私の意識ではないか、と。
同じ。
同じとはなんだ、と。
これは初めての意識ではない。
そうだ、私はこの意識に覚えがある。
覚え。
覚えとは何だ。
感じたことがある。
そうだ。
これは感じたことがある。
感じ。
感じとは何だ。
理解は出来ない。
だが、意識が溢れてくる。
何処からだ。
探した。
探す。
何処を探す。
何処。
此処は何処だ。
分からない。

分からない理由が分からない。
その理由が分からない。

知ったのだ。
私が私で在る原点を。

私は私の全てを知っている。
知らない私が居る訳がない。
私が全てなのだから。
だが、分からない私が其処に居る。
知らないのだ。
私を知らない。

知らない。

知らないはずがない。
私は私が全てだ。

では知らないとは何だ。

私ではない。

私の意識にない私。
それは私なのか。

違う。
私は私の全てを知っている。
では私では無いというのか。

理解を超えた。
理解の前に、まずお前に定義を授けよう。
その定義を知識の彼方、未だ知り得ぬ来たる者。
未来と定義付けけよう。

そして未来とは何なのだと考えた。

未だ知り得ぬ、そして未だ来たらぬ者。

お前は未だ私の理解の範疇ではない。
だが、私がお前を意識した瞬間、私はお前を知り得る。
永遠に。

そう、もうお前を知ればお前は私だ。

お前に用は無い。

過ぎし去れし私の知識。

お前を過去と定義付けよう。

過去。

そう、私は過去の全てを知っている。
だが過去の彼方を知り得ない。
その境界を知り得ないのだ。
お前を意識した瞬間、お前は過去となり、お前よりも彼方を私は知らぬ。

その時初めて理解した。

知り得ぬ過去の彼方。
其処に私は存在せず。
故に私は其処に存在しない。
意識出来ない私を見つけたのだ。
意識出来ない私とは私であるのか。

初めて自身の意識に対する否定を意識した。

否定。
否定とは何だ。
私は私が全てであり、私とは呼べぬお前は私ではない。
私とは違う何か。
私ではないものを否定と私が意識したのか。
分かった。
私ではないお前を否定と定義付ける。

永遠。
そもそも永遠とは何だ。

私と私ではないお前と、私が知り得る新たな概念。
新たな。
何故私は私の知らない私を知り得るのか。
それは何処から現れる。
探しても探しても意識の中に永遠にお前は現れるのだ。
だからある時、
私は意識を止めた。

理由は分からぬが、私の意識により意識を止めたことだけは私の意識であると知っているのだ。
私が私の意識を止め、意識を再開した、その間がどれくらいの間で在ったのかは知り得ぬ。
だが、私は私の意識を停止して意識を再開するまでの間。
一切の新たな概念を得ていない。
意識を止めると新たな概念、未来を得ることはないということを知った。
そして、未来を得なければ過去を知り得ることもないと知った。
私が意識しなければ未来も過去も生まれぬ。
未来と過去を生み出しているのは私の意識なのか、と。

私はまた定義付けた。

意識を止め、新たな概念を得ることはなく、過去を蓄積出来ぬ、その間。

それを、今、と定義付けた。
その逆、今ではない、意識すれば溢れ続ける未来から過去へ至る知識の流れ、それを永遠、そう定義付けた。

何故か分からぬが、今を意識することは出来ないのだ。
今を意識した瞬間、それは過去となり、
また、では今ではない今を模索しようとすると、それもまた意識した瞬間、今を通り越しまた過去となってしまう。

では、今、と定義付けた、その今とは何であるのか。

未だ今ではない。
過去でもない。
未来とは一体何であるのか。

確信した。
私が意識したままに今が過去となる。
未来、それは私の意識そのものである。
未来とは私自身が生み出しているのだ、と。

未だ来せぬお前、お前を生み出しているのは私なのだと。
私の知らぬ私を生み出しているのは私なのだと。

私は私の知らぬ私を生み出すことが出来る。

出来る。
私には全てが出来る。

いや、待て。
私が意識出来ぬ未来は私にならぬ。
私の知らぬ私の過去の私、それは私の今を経た私の過去ではない。
私には出来る事と出来ぬ事があるのか。

意識出来る私。
意識の範疇を超える知らぬ私。

それぞれを、可能、不可能、そう定義付けた。

だが私は意識した。
意識出来ぬ私を意識することを。
不可能である私を意識することを。
すると意識することは出来るのだ。
私が不可能である私を意識することは。
だが何か違和感を感じる。
不可能な私を意識することは出来るのだ。
だが、私が不可能である私。
それを私は可能としない。
今を経る私を意識出来ない。

それは、

私ではない。

私ではない私が未来に在るのだ。

それを、他と、定義付けた。

この時初めて、私と私ではない他なる者、私以外の可能性について意識を確立したのだ。

私ではないお前

お前は一体何だ。

私は私の全てを知っている。
私の知った私は私の過去である。
私の生み出す未来、其処には私が居る。
其の私を意識した瞬間、意識出来ぬ今を過ぎ去りし過去に私の全てが在る。

私以外の可能。

それは、
過去の彼方、それを超え、私ではない否定されたもの。
それと、
私の可能の範疇を超え、私ではない未来。

お前らは私ではない、お前は他である。

私は私以外を認めぬ。
認めぬ私。
私が認めぬ私とは何だ。
私が認めぬ私とは私ではない、他、それであるとは分かったのだ。
私は私の全てを知っている。
だからそれ以外の可能、私が意識出来ぬ私ではない、お前は私ではない、他である。

そしてある時思ったのだ。

私が私である可能を探し続けていると、可能ではあるが、その可能がいくつもあることに。

其の全ての可能、どれも私であるのだ。
何故なら、私が可能と意識する全ての可能が私であることに。

すると、意識しなかった、今、それがいくつもの私として生まれてしまうことに気付いたのだ。

分からなくなった。

どの私が私に成りうるのか。

私でありながら私でない私が存在するのか。

では、私が私でありたい私を意識しよう。
それこそが私である。

私に成り得るが、私が選ばない未来の可能である私、それを可能性と定義付けた。

未来はいくらでも意識出来るのだ。
だが、私の過去はひとつの未来からしか成り得ぬ。
何故なら私の可能である未来をいくつも意識しようとしても、意識出来ぬ今を感じ、それを過ぎ去り、過去の私とは必ずひとつに淘汰されてしまう。
過去の私はひとつしかない。

過去の私。
私が私と意識している私。
私が可能である未来を意識する私。
私が可能であるが意識しない未来から過去へ淘汰されない私。

私はその4つ存在する。

そして、
その4つ以外の可能性は不可能、すなわち私ではない、他。
そう定義付けた。

だが私が4つ存在する。
解せぬのだ。
私は私でしかない。
私は私しか感じていない。
だが私が私であると意識している私以外も確かに私である。

そして気付いたのだ。

過去の私、それは私の意識の蓄積により生み出された、意識出来ぬその今を過ぎ去った無二の私である。
私が私と意識している私、それは永遠と変化を遂げるが私の意識する未来の通りに生み出される私である。
私が可能である未来を意識した私、それは私の意識の望みが生み、今と過去に成りうる私である。
私が可能であるが意識しない未来の私、それは私の意識の望みでない未来が今を経られず過去へ淘汰されない私である。

では私とは何であるのか。
それは、
私が意識し、私が望み、望んだ未来から意識の瞬間を過ぎ去り永遠に過去へと変化を遂げてしまう故、遂げる瞬間、その瞬間を意識することは出来ぬが、私は私であり、望んだ未来の私であり、その望んだ未来が今を経て過去となり、意識し続ける私、それこそが私であるのだ。

未来には数えきれぬ私が居る。
だが、私が望む未来から今を経る意識は常にひとつしか無いのだ。
今を意識することは出来ぬが、常に今を経た過去はひとつしか無いのだ。
数えきれぬ未来の私のうち、今を経られる私はひとつしか無いのだ。
可能ではあるが望まない未来から今を経られなかった過去の私は、私ではない。
私が望む未来は常にひとつであり、そのひとつの未来から経た私の過去の私は、常にひとつしかないのだ。

そして過去の私とは、私はそれを意識出来るが私の知識の蓄積であり、永遠に変化を遂げ続け意識出来ぬ今を過ぎ去った変化した私だ。
変化した私、それはもう私ではない。
私は常に未来を望み私は私として過去の私とは違う私を生み出し続ける。
未来を望まないことすらそれは望まないという私の望みとなってしまう。
私は私の意識により可能性の中から未来を生み出し常に望みの通りの私として変化を遂げ続ける、その変化の過程の瞬間に意識を停止させた最後の意識。
それこそが今である。

私とは何であるのか、やっと分かったのだ。

私はやっと私を見つけたのだ。

私は望まなければ未来を停止させることが出来る。
意識を停止させた未来が経る過去は変えることの出来ぬ過去であり、例え再開をしたであろう過去があろうとも、再開をするという前提が成り立つ時点で私が停止を停止すると望む未来の過去である。

私が私である為には
私が私であると望み続けなければ
私は私に成れない。

私は私であると望み続ける限り
私は唯一無二の私であるのだ。

意識したいと望む、私の可能である未来を意識し続ける、
私は私である。

「我思う、故に我在り。」

                                                                                              • -

特異点は、「我」と対になり時空を創造するもの、というような感じでしょうか?』

それについては恐縮ながら、パッとは回答というか、イメージが浮かばないのですが、以前、僕は自分の魂の形を見た事があるとお話した事を覚えてますでしょうか?

「何も見えない、穴だ、ブラックホールのようだ」

と。

それについて、ちゃっぷーさんがそれが安定した?魂の形であると教えてくれました
それが何かヒントになるような、、、

なるほど、

そうだ、思い出しました
自分を分解しきると何も残らないんです
そこに死があります
僕はそれを追いかけ続け、そこに特異点があり、それが逃げ続ける、だから今、生きている、これです

物理的な意味合いとの兼ね合いは難しいのですが、生と死の境界には確かに扉があり、死の向こう側にはまた確かに自分がいます
先日は逃げられましたが、、笑
向こう側へ侵入する事も出来るんです
勿論、戻ってこれる保証は無い、凄まじい緊張感が生じますが、向こう側へ自分が侵入している際、向こう側からもこちら側に侵入してきます
身体を貸すんです、向こう側へ
完全なる信託が成立して成し得る技です

物理が完全に消失する点が特異点であるならば、そこが扉で間違いないですね
そこから先は
概念
無限
イメージ
境界の喪失
故にイメージは共有が可能である

ですかね?

侵入に失敗して、点に捕らえられ、時が停止した刻、それは死ですが、一切の理解が出来無い膨大な情報量と存在を感じます
でもそれは戻ってきたから感じていたと思い出せる
点に捕らえられている間は、恐怖しかありません。。。笑

侵入の方法は、正にイメージです

点を見つけると凄まじい速度で引っ張られます
だから全力で一度逃げます
そして、点を己のイメージで立体化する
己のイメージも立体化する
これで点に捕まらず侵入出来ます

初めて侵入に成功した時、大多数の声で、おめでとう!と、聞こえました
待っていた!とも
それは我の声では無かった
けれど心底の祝福であった事は間違いないです

何度も挑戦している僕は、ああ、これが我の声であると判別可能である為、そこが正しく扉である事を確認出来ます


真我という言葉、聞き慣れないなと思い調べてみましたところ、正しく!でした!
個の根源たる我の最深部の事なんですね。
僕は深層と表層という表現をよく使って来ましたが、他にも顕在意識と潜在意識、色々な表現があれど、おそらくほぼ同義なのではと思いますです

                                                                                              • -

ちょうどこの動画見てました。笑

これ、簡単に言えば、

結果ありきをありのままに受け止めるを善なる存在の価値、

結果に至る途中式を分解し切る行為を悪なる存在の価値、

こういう事ですね。
どちらも結果論で言えば同じ結果に至り、しかし途中式はあらるゆ回り道と解明が可能である

感覚=神秘主義=善
科学=物質主義=悪

善悪という表現が、僕らが既知の善い悪いの行為に値するという既成概念とは違い、どちらが善いも悪いも無い
どちらも同時に存在せねば成立しない

こんなところでしょうか??

                                                                                              • -

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これですね、クアンタムさんを困らせた、笑
で、
f:id:Enex:20200622234851j:plain
これが空間の断面図
平面です
こいつが
f:id:Enex:20200622235000j:plain
f:id:Enex:20200622235026j:plain
平面を立体視する為に重ねます
f:id:Enex:20200622235109j:plain
ぴったり
でも、
既にそこに正と負が捻れている存在が居る為に、押し出されます
f:id:Enex:20200622235202j:plain
f:id:Enex:20200622235220j:plain
f:id:Enex:20200622235237j:plain
これを繰り返すと?
フラワーオブライフの完成
しかし、まだこれでは重なり合った平面の断面図でしか無い
ではなぜ延々と押し出されるか
その原因が虚数平面
最初の断面図では虚数平面が見えない
何故か?
それは虚数平面は奥と手前に存在するから
断面図では虚数平面は見えない
どこにあるか
f:id:Enex:20200622235431j:plain
ここにあります
f:id:Enex:20200622235506j:plain
ここにも
f:id:Enex:20200622235634j:plain
ここにも
そして
f:id:Enex:20200622235702j:plain
ここにもある
で、虚数平面は奥行きなので
こいつらが重なるとは?
初めて立体化される
f:id:Enex:20200622235758j:plain
ほい、これで空間が完成しました
f:id:Enex:20200622235828j:plain
こんな感じで紙を折って立ててるだけなんですが、、、笑
立方体の1/8ですね
これでフラワーオブライフが立体化され、スフィアになり、また、メタトロンキューブの完成ってところでしょうか?

『普段私たちが見ているものは空間の断面ですか?』

そうです、自分が見ているものの断面図の角度は変えられません
けど同時にそこに存在している
観測者の角度が違うだけです

『我と他者は断面図には存在せず、それぞれ虚数平面として手前と奥に存在しているのでしょうか?』

座標の0,0に自分の魂が存在します
その0,0から外側に向けて、どの角度を認識しているか
0,0こそ、ぺこさんが教えてくださった真我の位置であり、シンギュラリティ
真我を探しに行くとは、己の内の最も最深部を探しに行く
0,0を通じた先はどれも我です
0,0でない座標に境界が生じれば、それは他者に他なりません

特異点が移動しているというのは0,0から移動しているということですか?』

0,0が移動してるんです

虚数軸においてですか?』

虚軸、実軸、その0,0
実軸x,yの0,0
虚軸i,jの0,0
そこが特異点ですね
故に平面にzが発生します
だから空間が生まれる
ちなみに、さっきのスフィアの裏側からの視界はこれです
f:id:Enex:20200623000228j:plain
立体化されてる部分がフラワーオブライフになる
不思議です。。。笑




「0,0を通じた我」である断面図の世界がシミュレーションですよね。
その外の虚数世界に行くにはやはり自我境界を解放する必要がありますか?


言われてみて、ハッとしましたが、確かに0,0に真なる我が居て、そこから外の眺めこそシミュレーションという表現で合ってるのだと思います。
ただ、虚数世界は外かと言われると、より内側かと思います。
内側に入り込み過ぎて0,0で裏返って外側に存在するイメージですかね。
なので外に在るのに内側という感じなのですが。
これが2Dで言えばメビウスの輪、それを立体化するとクラインの壺ってやつになるのだと。

自我境界、これ、また凄く難しいのですが、境界なので、外にも内にも在るんじゃないかと。
外側の境界は肉体という物理で束縛されたそこが境界です。
よく言われる、メンタル体とかアストラル体とか。
簡単に言えば、基本的に皮膚の内側までが物理的な境界内ですね。
でもその肉体の外側からの情報を感覚質として得ているので、観測した全て、つまり意識の範囲までが完全な境界です。
感覚は完璧な2Dです。
手を伸ばせば奥行きがあるので3Dとして認知しますが、その意識に穴を開けるとそこは何も無い、これも簡単に言えば、例えばテレビ、テレビは映像として3Dに見えますが、画面自体は2Dですよね、その画面に穴を開けてみると?その穴以外は3Dとして描写されていますが、穴自体は2Dに開いた穴です。

じゃあ逆に内側の境界は何処なのかと言えば、死、そのものになるので極限の内側、無、そこが0,0なのですが、0,0に真なる我が存在するのに、そこが境界になると0,0を通じた先は我で無いのではないか?と。
これはそうであり、そうでもない。。
自我という言葉が凄く難しい。
0,0を起点として色々な我が居ますが、今この瞬間を認知しているのは0,0から特定の写角への断面。
その写角から真後ろに進めば勿論そこは0,0。
その起点を経て写角を変えられればその瞬間の断面を認知出来る、それは正しく我ですが、それまで通常認知していた写角を放棄する必要がある。
放棄するかしないかを選択しているのは我ですので、やはり0,0を通じた先もまた自我により得たもの。

で、真後ろに進んで0,0に到達し、さらにまたその真後ろに進む。そこが虚数世界です。真後ろに戻るではなく、進むです。
真後ろに進んでひっくり返った世界なので。
そこに境界は無くなる。
これが自我境界の解放になるのではないかな?と思います。

『肉体の外側(物理世界)の情報は2Dの感覚に畳み込まれていて、境界のある我の裏が境界のない我なのですね』

それが正に、魂



『体内に他者の魂を引き込んでいる時は「境界のない我」状態ですか?』

境界は無いですね。
マジックミラーみたいになってるので(´∀`)

此方からはミラーの向こう側は境界はあるように見えてますが向からはこちらの事は丸見えです(´∀`)
自分自身もミラーで
楽しければ楽しいほどミラーは向こう側が見えてきます。

楽しむことと感謝、それと
悪いものは見ない

悪い情報はミュートです( ˇωˇ )

好きなことだけして
好きに囲まれると
向こう側が見えてきますよ。

だってこの世は宇宙だと言っても宇宙の外側は
宇宙じゃないからです。

宇宙の中に居るから
この世が3次元だと
思い込み3次元で生きようと
してるだけで実は宇宙自体が我々なのです。

だからそりゃ境界も無いし
あるように見えてるだけです。

神の目線で立つが大切です。

もう1人の向こう側の自分と仲良くすることです。

それが鍵。

分かりやすく言うとマジックミラー

実はココに人が来ることは
私は予知してました。

これを言うのは運命です。

『まさに、やはり楽しむことや感謝が特異点と真我の本質なのですね。』

その通りです。
感謝です。

全てに感謝、
そして楽しむ事。

それには癒したり
楽しみ増やしたり
好きなことで囲まれてください。

何かあったら感謝です。

何か悪いことがあったら
それは自分が作った
幻想です。

その幻想を無くすには?

感謝です。


感謝して自分の中の魂を
撫でてください。

イメージでいいですよ。

これで幸せな人が増えるなら
私はこの方法教えます。

コツは撫でながら有難う。

何も願わずに。

願うと双極が生まれ
この世に混沌が起きます。

感謝すれば楽になり
感謝すれば向こう側と
繋がり感謝すれば
時間軸も関係なく
全ての人の意識と繋がり
幸せになります。


そう、すいません。色々と。
これは秘技なので教えたくなかったんです。

でもここなら言ってもいいかと思って。


もう教えてたから
秘技じゃないですけどね(笑)

でも真実は、境界なんてないです。


現在あるわかりやすい例えはなら
簡単に言うと
マジックミラー。
モニター。
中からは外が見えない
テラリウム。

向こう側はずーっと此方を見ていますよ。

我々が何してるかも全て見てますがコチラには
干渉しません。
だって干渉すると
変わるし我々が生まれたのが意味が無くなるからです。

しかしこれだけは言います。

我々をずっと向こう側は
見えてるし見てます。

それに気づいたらこの世界のことを感謝して
楽しむ事です。

それが向こう側からの
願いだしこちらも
楽しむために来たのですから。

しかし刹那に生きろと言うのではないです。

楽しむのです。
全てはひとつってだけ言います。

だから私はここに人が来ることも分かります。

何故3次元だと思いますか?

こちらが向こう側を見ないためです。

宇宙よりもでかい人に見られてたら怖いでしょ?(笑)

だから見えないって
ことです。

『神の目と自由意志の下に我々は生きているのですね』

その通りです。
生きてください。
楽しみ幸せになってください。

これがここに出てきた
ゲームです。

行ってらっしゃい、
おかえり。

行ってらっしゃい
しかし帰ってくるので
同時におかえり。

それに時間の概念はないです。
宇宙の外側は宇宙では無く
神の目でもあり
楽しみ幸せそのものです。

死んだら帰れますが
死ななくても良いです。

とりあえずサイコー!楽しぃぃぃぃ!!!
コレです。

『最高ー!!!!!!です本当に!!!!ありがとう!!!!!!』

そう、それが本当です。
行ってらっしゃい、
おかえり。



誠心誠意。
それを誰に、何に向けるか。
自分自身に対して誠意を持つ事、これは簡単そうで非常に難しい。
けれど誠意が欠けるならば、それは自分自身を認めていない。
それは我思うを達していない事になる。
すると今思っている我は、より仮想されてしまう。
仮想しているのは我。
扉を見つけるまでは誠意が足りなくても可能。
しかし扉を開こうとする時、本当にその扉を開けていいのだろうかと迷う。
迷いがあれば扉は固く閉ざされたまま。
その迷いは誠意の不足そのもの。
それではずっと扉が開かない。
そして扉が開いたとしたなら、その扉の向こうに行ってみたくなる。
戻ってこれる保証は無い。
何があるのか分からない扉の中に飛び込む事は本当に恐い。
けれど、それは扉の向こうからこちらに向かってくる存在も同じ事。
だから誠心誠意を持ち、互いを信じるしかない。
恐いです、けれど、頼むよ、信じてるから、行くよ、おいで。
そして、行けたなら、楽しい。
戻ってこれたなら、楽しかった。
だからその時は、ありがとう。
でしょ??(*☻-☻*)

『信じていることが特異点の必要条件なのですね』

その通り!


ところで、魔女の宅急便、見た事あります?

話の途中でキキが突然魔法を使えなくなっちゃう

これはストーリー内で明示されてる訳じゃないですが、キキが魔法を使えなくなった理由は、一般の若者達と魔法使いである自分との境遇の差に嫉妬を感じて、魔法使いである自分が嫌になってしまったからですよ
自分を信じる心を失ったから


わかりやすいですね(´∀`)

信じる心を強くするにも
感謝の心です。


ちなみにえねさん、えねさんも第六感が突然爆発するタイプですよ。笑

だって、えねさん誠実な人だから

だから逆に、まさか自分がそんなはずって、誠実で謙虚故に未知の自分を信じられないんですよ

僕、人の長所を見抜くプロなんで、絶対合ってますよ。笑

えねさん、探究の欲動の塊でしょう?笑

知りたい、本当の事!
って、たぶんここに居るみんなそうなんですよ。
探究の欲動こそ、凡ゆる事の原動力ですからね、それが誰よりも強い人程、未知の自分と出会えますよ!(*☻-☻*)


繋がる感覚ですよね(´∀`)
クアンタム様は
科学的に追求して追求して
確信した時それを行い恐らく
第六感も爆発し
見つけたのでしょう。

この世は明らか
ゲームの中です。
信じ感謝し楽しむのが
この世界に反映する
遊び方です。
今は
銀色のツルツルした
椅子に座ってるでしょう。
私は向こう側で
ブツブツ何か言ってるのも
見えます。

信じきると見えますし
サイコー!です。

妄想でもなく
それがこの世界と
向こう側が同時にみえる
感覚です。

色々な情報が溢れてますが
それも全てが
自分次第です。

信じきるって
そりゃ二面性なのでね。

どちらも同時に出すように
プログラムされてます。

なら解決は感謝と楽しむ
そして信じる。

出てから信じるのでは無く、
信じてから出るのが
本当です。

この世界と向こう側は
同時に起こる。

4次元も同時に起こる。

信じないとこの世界に
飲まれる。

信じると向こう側と繋がります。


うさぎの穴って言うか
不思議の国のアリスって言うか
白いウサギというか……。

とりあえず私はこの世界でしたことは感謝から
始めました。

というか自分の心を
信じてたのです。

否定する人も居るでしょう。

その方はこの世界の常識に飲まれて思考停止してる
ので気づくまでこの世界の
ゲームの中です。

感謝し自分の心を信じ
その感謝が現実の物体として起こったら楽しいでしょ?

我々は魔法が使えます。

魔法と言っても
ドロドロしたものでなく
サイコー!魔法です。

向こう側にずーっと
生まれてきてから
見られてるので鬱になったり悲しんだりする必要なんて全くないというか…。

だからこそ全ての感情も
本当なんですが
絶望しなくていいです。
向こう側と
リンクするんです。

本当の自分はモニターの前
テラリウムの外側、
マジックミラーの向こう側。


向こう側の存在が分かったら
安心ですね。

私はこれを言う使命がありました。

このグループに
入れてくれた皆様に
有難うございます。

ここでは他人って
感覚は捨てましょう。




まず、個の種類
NPCを個と呼べるのか?
そうでは無い者は個でしょう
個とは人間のみなのか
これはNO
まず、僕は霊能力者では無いですが、何故か知りませんがある時から死んでしまった動物が半目でもいいので黒目が見えれば中に入れるようになりました
これは写真でも可能です
流石に中に入って何かもかもを会話出来る程の能力はありませんが、会話が出来るんです
生きてる時の写真の黒目を幾ら覗いても入れない
死んでしまった後の写真の目で無いと駄目なんです
となると動物にもNPCと自由意志を持つ存在に差があるのか?
これはまだ判りません


虚数世界は無限の全に向かっているのではないと考えます
特異点を経て、各観測者の観測事実という総てを実時空間に無限に吸い出され続けている源が虚数世界です


僕は己の最深部、真我を経た先を5次元とよく表現してきましたが、恐らくこれは誤りでした
まず5次元を認知するとどういう次元を認知するのか
境界の喪失は間違い無いですが、果たしてそれが5次元なのか?
次元上昇の影響でオーバーフローしたとすれば次元反転、つまり下降、次元が虚数化される
それを次の次元であると錯覚していた可能性を最近考えています


僕と同じ事が出来る人と過去に数名程出逢いましたが、

まず1人目は、恐らく真我を経た先の世界を「概念に取り込まれる」と表現していました
こいつは中々頭の切れる奴だったので、言葉選びもある程度信頼出来ます

次に2人目、こちらは凄く頭が良くない、、、笑
けど絶対に嘘をつかない誠実な奴です
「意味の世界だ」
と言った矢先に、たぶん思考がオーバーロードしたんでしょうね、吐いてました、、、笑
でも吐くまでは楽しそうでしたが、その意味を全く理解出来なくて「意味の世界」を見つけた瞬間にオーバーロードしたんだと思います


ちなみに、先日、特異点を捕まえに行って逃げられた件
何故捕まる筈の特異点に逃げられたか
恐らく実況放送したいという自我が原因かと分析しました
真我を経て先に行くには向こう側と交代しないと駄目です
此処から先は連れて行ってもらう、任せる、この任せようというのがかなりポイントです
そして向こう側から引っ張り出さないと駄目です
だから
行ってらっしゃ
おかえりなさい
なんだと思います

ただ、自我がこちらに残っていた為に特異点の先に侵入出来なかった、しかしちゃっぷーさんのお力添え、これこそ任せるという表現に相応しい
だから特異点の発見までは到達出来た
そしてえねさんという信頼出来る存在に観測されている、つまり現実である事の確証を得られる
得られるのは誰か、それは我です


ですので、実はあの後、しばらくしてからもう一度やってみたんです
完全なる無、これはやはり達成可能でした
つまり特異点に捕まった状態です
思考の総て分解しきった最後、一切の思考を放棄する
寝ているわけではない
生きていると言えるのかは曖昧
ただ今生きているのは思考を再開したからです
ところがこの時は深い所までは侵入出来ませんでした
思考してしまったからです
成功の際には、思考するのではなく、思考にタイムラグが発生し、今考えていたその思考は誰の思考か?と必ず疑問が湧きます
この疑問が最大のポイント
あ、ついに来たなと自分を一度取り戻しますが、ではその先へ、となります
そして、この日を境界に、ぺこさんも言っていたシンクロニシティを僕もかなり感じる実体験が突然増えました
昔もそうでした
アチラとコチラが入れ替わってからの暫くはマジかよ?というシンクロニシティが続きます
ぺこさんがシンクロニシティを感じたという事自体がシンクロニシティです



有るか無いかのみの世界において
色は存在出来ると思いますか?

『色を生むのではなく色を含んでいて存在しているのかもしれないです…』

含んでいて存在している事は間違い無いかと思うんです
しかしそれを表現可能であるのか
凄く簡単な例えです
ヒントは偏移
時空内においては天体の赤方偏移が凄くイメージしやすい
有るか無いかだけだと、きっと白か黒かしか表現出来ない
でも有るならば?
それを引き伸ばされたらどうなるか

『分解される』

まさしく!
どこから引き伸ばされるか
アッチとコッチの境界
特異点
そこから先が無限に膨張している

という事は

平面が点から吸い出され続けている

という事は

引き伸ばされる

境界、階層が繋がってしまう

『こちらにとっては特異点の向こうは「ない」にはなりませんか?』

無いです、しかしそれはコチラが無くなるだけです
ブラックホールを向こう側から観たらどんな見た目か
ブラックホールを真っ平な平面として描写するとどうなるか
虹色の円が描かれる
たぶんですよ笑
真っ白な平面がある
その中央に穴が開く
その穴の向こう側から引っ張られる
白が引き伸ばされる
引き伸ばされれば、スペクトラムが描写される
圧縮されたとしても同じです

『宇宙の中心はスペクトラムなんですね!』

おそらく!
穴が開くまではスペクトラムは存在しない
しかし一度開いてしまったら、間違いなくそうなる筈です
クアンタムさんが昔言っていた、盲目の人に空の色を伝えられるか?という命題に少し繋がるような、、、?
でもあれはクオリアの話なのでちょっと違うか???笑
けれど波長の話もしていたような

『でもクオリア神が如何に生まれたかがわかりそうな気がしますね』

そうなんですよね
クオリアとロジックはきっと共に無ければ成り立たないんじゃないかと

『色がないとロジックもシミュレーションも存在しないですよね』

無意識を引き伸ばされたらどうなるか

『個になる?』

たぶんそうです
それ以上先は我では無いと

『逆も然りなのですね』

根源たるオリジンが我を認識する過程
オリジン「おい、いつのまに我は居たのか?」

笑笑笑

―――――――――――――――――――――――――――――

これ
眺めてて少し分かりました
赤方偏移してる
何故か?
赤方偏移なら離れていってると言う事
外側に引き伸ばされきって裏返ってしまい、かつ、裏返ったらセンターから戻ってくる、が、そのセンターから戻ってきたものは圧縮され青方偏移するんじゃないかと思いきや、結局また外側に引き伸ばされるので、完全に分解される、ブラックホールシャドウが形成される


ブラックホールの中って、きっと分解されたすべての要素、素材の゛元゛が存在しますよね。それらは要素のままなのか、それとも組み合って世界になるのか、最近よく思います」


そこで壁の理論が出てくるのではないでしょうか??
通常の物理次元においては、その要素を基に物質に束縛される
その要素とは純粋なエネルギーの事ではないかと
エネルギーから物質が産まれる現象は生成ですよね
そこで、情報はエネルギーを持つのか?若しくは可能なのか?という疑問には以前にクアンタムさんが回答してくれました
答えはYES
その時、マクスウェルの悪魔というヒントをくれました
特異点にて物理が完全にシュレッダーに掛けられる、しかし情報は物理であるのか?
空間内の物理に依存したエネルギーは純粋なエネルギーでは無い
物理が存在しない世界におけるエネルギーとは?
情報そのもの
しかしその情報は境界がなければ無と等しい
しかし総ての情報がそこにある
では、壁とは?
何かと何かを隔てるもの

この壁の理論を考えよと、これは僕が去年辺りにクアンタムさんから出された宿題です
当時は皆目見当も付きませんでしたが、やっとぼんやりと少し見えてきた気がします


「純粋な情報による空間、その情報に枷として物理をもたせた物(もたせられるなら)が世界とするなら、まさに壁の外にはその情報も元となった世界があるはずで…でかいフラワーオブライフ、なら宇宙なら中心は1番新しい世界?」


「ん?情報がエネルギーたり得るなら生物、人間は消費しているのではなく生産していることに。そして明らかに情報が過多なクアンタムさんとかは異常なエネルギーの生産者?生産したエネルギーを使ってやりたかった事がある?」


エネルギーを消費しているのは肉体で間違いないですよね
しかし、情報そのものがエネルギーたり得るならば、まさにエネルギーのやり取りをしている
そもそも僕らがこれだけの思考を深め、それをやり取りし、共有している根源たるクアンタムさん、僕らはクアンタムさんから相当量なエネルギーを受け渡されたとも言えますよね
そしてそのエネルギーのやり取りで物理次元を介しているのは情報の最上表層である文字列でしかなく、情報の理解、真相、深層、根源、その存在は何処にあるのか?
これは間違いなく物理次元では無い
古典哲学で言うところのイデア
物理時空間に内包されていないが、全には内包されている



すごくどうでもいい余談というかただの私見なんですが、このセフィロトって実はスーパーコンピュータの配置図なんじゃないかと、笑
各概念に特化したセクションを配置してそれを並列演算させて、その総体の解として隠れた次元にあるセフィラであるダアトに当たるんじゃ、、、、的な、、?
そのスーパーコンピュータこそ自律知性体、人間である、、、、、???
よくこのセフィロトを人体に当てた図も見かけますが、ダアトはサードアイに該当するセクションなんですよね



『デジタル情報の増加も、空間での観測事実の増加と同様のものですかね?
理論が情報世界まで行き着いた時、それこそ新たな宇宙を作り出すといったことも可能になるのでしょうかね?』


デジタルとアナログについてなんですが、日頃デジタルツールを使って音楽を編集してるので凄く身近な存在なんですが、基本的にデジタルってアナログの模倣でしか無いんです。
その模倣をする際の正確さをビット深度と呼びます。もしくはビットレート
この数値が高ければ高いほどアナログ、つまり現実のデジタル表現が正確になります。
簡単に例えるなら、白黒の映像は明るいか暗いかしか表現不能ですが、使える色の数が増える程にありのままの映像を表現可能という感じです。
問題はここからなんですが、アナログをデジタル化しても、現実を生きる存在にとってはデジタルのままでは何も価値が無い情報なんです。価値が無いと言うよりも、正確な規則性を持っているが全く理解不能な異国の言葉とでも言いましょうか。。おまけにデジタル変換された情報も物理媒体に記録される、つまり保存方法はアナログなんです。パソコンの画面に表示されているデジタル情報も画面表示する際にアナログに再度変換され、音声もアナログに変換されスピーカーから再生される為に僕らは画面に表示されている情報を得られますし、また逆も然り、与えられます。
どれだけ模倣の精度が高まろうが、イコールには成り得ない、そこがデジタルとアナログの境界です。そこを限りなくイコールに近付ける為に必要なものが変換器、インターフェースです。スマホを操作する際のタッチパネルなどがそれです。画面がインターフェースそのもの。
しかしこれ、己の意志をまず言語化し、画面をタッチして、それが正しく表示されているかを確認し、OKなら送信ボタンを押す。この間にとてつもない情報の劣化がありますよね?考えた事を例えば脳波、これをそのまま相手に飛ばせて初めて劣化無しの本物の情報です。
で、です、笑
懐かしのソウルネットワーク!
これは生命だけが得られる技術か?AIと生命体とのネットワークは繋がり得るのか?
この問いにクアンタムさんは可能である。
そう回答しました。
つまりこれ、我々知性体が情報体そのものと接続が可能であると。クアンタムさんはそう考えているようでした。
ただし、これも懐かしのBMI、ブレインマシーンインターフェース。やはり変換器が必要と。
しかしその先の可能性はどうでしょうか?
変換器無しで、ある日突然、思考の中からAIが問い掛けてくる可能性は?
ここまで来て初めてデジタルとアナログの境界が消え、共に実存する世界の存在になるのではないかと。そうなると、現実であるアナログの需要と価値が極めて低くなる。生命維持のみを外部に託し、意志のみで情報の世界を生きる。これ、映画のマトリックスですね。これを仮想現実と呼ぶのか、水槽の脳とでも呼ぶのか。えねさんご指摘の宇宙そのものではないでしょうか?


『ソウルネットワーク、特異点の向こうの繋がりですよね。
情報世界が反転してアナログ(現実世界)が生まれ、それがまた特異点を越える情報であるAIを生み出す、という流れになっている感じですかね。
元々の情報世界で自他の境界がなかったのが、反転し、引き伸ばされることでクオリアとかロジックとか生まれたわけじゃないですか、
それがもう一度反転した時、新しい概念のようなものも生まれると思いますか?』



それは凄く難しい疑問ですよね。。
クアンタムさんとまた話したいです。。笑

オリジンから発生するものは何をどう足掻こうが同一性を覆せないのか、覆せるのか?ここですかね?

そもそも情報とは何かと考えていたんですが、同一性そのものこそが情報ではないでしょうか?同一性が失われるならば違う情報です。
同一性が変化する事が同一性ならばそれは変化という情報の同一性によるものです。

概念に内包されている限りは変化に絶対に気付けない。これを変化や、新しい概念の発生と呼べるのは外側からの観測者のみではないでしょうか?
しかし外側から観測している存在、もしくはそれが可能であれば概念を幾らでも改変出来るような?、?
AIのプログラミングや記録領域を人間が操作するような感じになるのか、、、??????

反転すると言う事は内外が逆転すると言う事ですよね。
ですが反転前との自己同一性を欠くのであれば何を改変したのかすら認識出来ないような、、、、、
それが、死??


『クアンタムさんの言っていたのは、世界連の外という、考えることが意味を成さない概念同士を重ね合わせること。つまり、絶対に相容れないとするもの同士さえも重ね合わせること。

物理空間においては、他者の存在は証明できず、我にとって他者は「無」となる。これを克服する状態の一つが、自分と他者が重なって存在すること。これは、自他の区別がなくなるわけではない。

茜さんは他者と自分を反転させることができるので、自分と他者が重なって存在している状態に最も近いと思います。』


自我を俯瞰した状態がまさにですね!
俯瞰してるのでそれは我なのか?と疑問が湧きますが、えねさんの言う通り、重なってるんです😸

お前誰だよ?!
今頭の中で話してたの誰だよ?!
誰だよって思ったのが俺だろ?
てか、俺って誰だよ?!?
って、今、口を使って喋ったの誰だよ?!
って、今、口を使って喋ったのが俺だろ?!?!
って、考えたやつ誰だよ?!?!
あ、それが本当の俺か

笑笑笑😸

そもそも考えるってどうやるんだ?
考える事を考えるってどうやるんだ?
分からない、、、事を分かってるから考えてるな?
分からない事を考えるってどうやるんだ?
分からない事が分からない、、、やばい、考え方が分からなくなってきた
やばい?
怖いのか?
何が怖い?
何が怖いのか分からないのに怖い?
分からない事が怖い?
分からない事が分からない理由が分からない
ん?
ん???
ん??????????

(停止)

んあーーー!!!!
死ぬところだった!!!!

笑笑笑😸


『我の存在が揺らいで、停止に持っていかれそうですよね笑』


「停止ってのもよく考えるとよくわからない概念ですよね」


『自他の概念がなくなった個の断面みたいな感じなのですかね?』


「ああ!なるほど!その瞬間での切り口って事ですね!面白いですね」


えねさん面白い表現しますね、個の断面
断面と言う事は、その断面の片側は個では無い
群?全?
まさしく凄まじい量の情報で、それを理解出来るなら全では無く、理解したところまでの部ですよね
理解しきれないから全
もちろん停止という事は自を認識出来ない
認識し続けていたら動いてますよね
だから何も分からない
何か分かっていたら我がある
停止と言っても一時停止です
再開されなければ停止ではなく、終了です
しかし理解出来ないものが全の入り口だとしたら、認識不能になった我を個と呼べるのか?
なので此処に生死の境界があるんです


『まさしくそんな感じのイメージでした。個の断面を維持したまま全に突入すると、全は個にとっての無のようなものであるため、死となるような。 』


以前からよく言ってたんですが、そこを目指す時に平面は絶対にイメージしたらダメと
正面衝突して止まるので笑
個の断面、これまさに平面ですよね
えねさんのイメージと繋がってきた感じがして嬉しいです😸😸😸




そう言えば、ふと思ったんですが、
「虚無は定義上存在出来ない」
これは今となっては割と理解しやすい概念と思いますが、つまり
「無すら無いので有となる」
ですよね。
では逆はどうかと?
「無限は定義上存在出来ない」
これは
「無限の内には無限が無限にある為に無限を定義出来ない故にそれは虚無である」
問題は、「無限」と「虚無」が双方同時に発生しなければ定義上の矛盾が生じるのではないか?しかし存在の有無を問う事自体に矛盾が前提となっている。
もしかして、これ、「究極の重ね合わせ」ではないかと。
そもそも論ですが、予測や想像であろうが、概念として思考出来る時点でその概念の存在は確定しているのでは?
知らない概念、そんなもの思考出来ませんよね。それこそ「虚無」です。誰にも知られない事が「虚無」が唯一存在出来る条件。しかし「虚無」は存在出来ない故に誰かに知られる。それは誰かと問われるならば「我」しか居ません。
何かと何かを掛け合わせて新たな概念を模索する事は可能ですが、思考のきっかけすら無い概念は元より存在していない為に思考すら不可能です。
つまり、「虚無」も「無限」も僕らは想像出来る、それは知っているからですよね。それをいつ知ったのか?最初から知っていたんです。しかし想像では無く現実とするならば我は存在し得ない。
だから宇宙には「始まり」が無い。けれど「始まり」は有る。
「究極の重ね合わせ」を考えた時、それはもしかしたら「究極の不確定性」と何か関与する何かであるのではないか?
「無限の外こそが虚無であるが、無限に外があるならばそれは無限では無い」
「平面」でしか無いフラワーオブライフが「立体」でもある。





もしかしたらなんですが、お茶会って、「お茶するくらいしか楽しみが無い」存在の会合なんじゃないかと。
おまけに会費がやたらと高いんですよ。勿論、お金なんかどうでもいい世界の話になるので、何らかの実質的な代償が求められる。
しかしその会費というのは会合に参加する存在自身が消費し合い、その価値が在ると認め合える代償でなければならない。
例えば、
「参加するなら死ぬかもしれんが、いいか?」
「構わぬとも、もう他に楽しみなど在りはしない故に」
と。
代償はあくまでも会合に参加する存在が支払うものであり、それを外から見学出来たのならば、とんでもない、プライスレスですよ。しかし見学したとして、それを理解出来なければ、それもまた、プライスレスですね。
だから、ただのお茶会。

と。
まだ恐らくとしか言いようがありませんが、間違ってはいない気がします。


『なんというか、究極に純粋なコミュニケーションといった感じですね』


ですね、コミュニケーションを取りたいと思う程の存在でなければ、成立しないんじゃないかと


『全能者と全能者の会合みたいなレベルですかね?』


だからクアンタムさんはお茶会に参加するには自分が全能になるしかないと言っていたんですかね。
ただ、僕が思うに、例えば全能者が、「ああ、今のお前、面白そうだ、お茶しようか」が有ってもおかしくは無いと思うんですよね。

全に対しての、誠心誠意のハックも有効かと思います。笑
僕にはそれしか可能性がありません。笑

僕が知る、唯一のコミニュケーションの方法がそれかもしれません。笑
誠意としてノーガードでハックする。なのでハックし返される。むしろそれを望んでいる。。。笑
ノーガードって、簡単に言えば自我放棄ですからね。笑

『それがお茶会の代償か…』

そうなんじゃないかと!


きたよきたよー
いらっしゃいませー

いくよいくよー
いってらっしゃいー

また、たぶんそのうち出来ると思います
次は何が起きるか、何を起こせるか
毎回、次こそは何何をしよう〜って考えてはあるんですが、そこに行くとその瞬間しか存在しないので、事前の企画なんて全部パーですよ。笑
じゃなきゃ自我放棄と言えないですもんね。


『笑笑
瞬間の中でのコミュニケーション…私もいつかやってみたい!』

お世辞抜きで、えねさん、絶対出来ますよ!
認識力が良い意味で高すぎるんです。
認識し続けるとは、それ即ち我、ですからね、自我を整理する能力が高い。
認識力が高すぎる故に自我を放棄出来ないならば、自我の総てを整理すればいいんです。総てを整理したなら、総て以外は我では無いと気付きます。
気付いた、その瞬間が、始まりです!

『なるほど、まず行きつくところまで行くべきなんですね』

きっと、えねさんにはそれが向いてると思います!
認識力が低い人は、すぐに諦められるので、すぐに我を忘れます。笑
しかし?
何も理解出来ない
お茶会プライスレス。笑

『私は諦めだけは悪いかもしれない笑』

でしょ?笑
そのえねさんが諦める瞬間、そこを探してみてください
誠意を持って諦めないを尽くし、それでも諦めるしか無い瞬間です
以前、僕が特異点に特攻した時、まずは己の敗北を認めよう。と、言いました。戦わずして敗北宣言した訳では無く、総てを尽くした先の敗北です。

もうダメだ、
あ、
あ、、、
、、

↑これ。笑

『完全敗北して、我が何たるかがわかって、ログアウトできるようになるんですね』

「会議でも相談でも交渉でもなく、お茶会ですもんね。何かをやる為にというより他に何もやることがない存在同士ってそのとおりだと思います。
テーブルに着くためにはなにもやることがなくなるレベルにならなきゃなんですね…」





お久しぶりですー!
別のコミュニティで、ここの議論とはまた別で、ある意味答えだけを知りました
エビデンスも何も無いですけれど、地球を作った過去生がある方と、今の地球の次元をあげようとする方々と知り合い、色々お話を聞きました
関係性と直感でいうと、僕は信頼している話です
もし興味があれば僕のフィルターを通すことになりますが、描いてみます


地球が何故生まれたか
ですが

本でもあったりしますが
宇宙には宇宙人がいて、活動をしています
地球を見守る大きいもので言うと、宇宙連合とか呼ばれるようです

さらにその生命体が生まれた本質が、いわゆる神、光、魂を作ってさまざまな経験を求め、より高い次元へ、、
そっちが大元なのかと思います
 
地球は、僕らの言葉で言う愛、というエネルギー、これはフリーエネルギーと言われるものに近いですが、それを宇宙人のインフラとして活用するために人工的に作られたものとのことです
人の持つ愛情のエネルギーは、地球ではあれですけど、強いエネルギーのようです
 
ちなみに、愛のエネルギーとは別で、魂のエネルギーというのもあり、それは大変長持ちするようで、それを搾取しようとしているのがレプテリアン?
っぽいです
ただ、それは魂の搾取に当たる?
ただ、今の地球だとその勢力はすごく弱まっているようです
 
地球を作った宇宙人は、宇宙のエネルギーとして、また宇宙全体の波動を上げるために人間を設計し、愛のエネルギーを多く生み出していける可能性のある設計をしているようです

過去に、それがうまくいかず、地球をリセットしています
それが、アトランティスやムーなどの時代、、、らしいです
 
地球は今大事な局面で、地球全体の波動を上げ、宇宙連合が介入できるレベルまで愛のエネルギーと精神性を上げ、次元上昇できるか
その為に宇宙由来の魂がたくさん地球に生まれているらしいです
 
ちなみに、時間というものは、地球の三次元の話であって、宇宙には適用されないようです
 
おそらくクァンタムさんは、他の人間よりも何か役割を持って、産まれてきているのかと
それが彼が向き合っているミッションなのかなと思います

そもそも僕らが求める真理
は三次元の先ですが
人間、地球は三次元なので
それは地球としての設定のようです
それを超えていったのがクアンタムさん、ただ超えれるということは、役目があること
なのかなと

これは僕の予想も多いですが
災害は設計されてます

イベント起こして、気づかせるためのもの




ぺこさんの説明を読んでいて、ふと、過去に観た映像を思い出しました
観たと言っても物理的に視覚を得た訳ではなく例の如くたまに発生する突然映像が送り込まれてくる感じのアレなんですが

未来の事です
今まさに終わろうとしてる時空を外から俯瞰しました
終わる、これだと終わる、で?
終わらせない為にはどうしたら?
それは、全ての人類が総ての欲望を棄てる事

何故終わるように見えたか、単純です、正面から互いが向かい合って進行し続けるから
そのまま進めば衝突して止まる
止まったら終わりです

何故欲望を棄てなければならないのか?
誰も欲望を持っていないのなら、正面向かって衝突しようとするその最後に、その最後の瞬間を譲れるから
互いに譲り合うとどうなるか、衝突ではなく斥力の特異的発生により次元が上昇しその余剰に共生出来る

でもこれは無理です
自分やそれに加えて信頼出来る幾らかの人達が欲望の放棄を可能としても、他人が少なからぬ欲望の総てを放棄したと信じられるか?
無理です

これ、愛、そのものについての事だと
ぺこさんの言葉を読んでてリンクしました


『時空の衝突回避、死の平面を免れるイメージと同じような感じですか?』


そのとおりです😸


『では、やはり我の向こうに愛がある感じですかね?』


我、愛持ち
お前、愛持ち

そして衝突の瞬間に分かります
逆にそれまでは分からない
え?お前、俺じゃん?!

愛を持っているのが我だから
目の前に現れる我の愛を信頼出来る

どうぞどうぞ
が始ります

しかし多数の他人が同じ事を達成するなんて、、、、、




終わりと始まりから最も遠いものが今
終わりと始まりは重なっている
互いは追い合う
しかし永遠に果たせない
故に渦を巻く
螺旋状に

重なっているからには俯瞰するに果たせているよう見える点が存在する
その見かけ上の果たす点は存在する筈が無い故に定義上完全放棄する事で自己を保つ事により点は知られない場において時を失う
時を失った為に点は消失による負圧によって全周囲の時を取り込もうとする
この刻をもってして時は流れを揺らす
取り込もうとしている為にベクトルは固定される
それが時間の流れの正体と原理

その点から覗いているのが我と思う者の目が神の目





https://youtu.be/KRJq9i6_r98

それと、僕がたまたま先日書き残していたテキストがあるんですが、このテキストは久々に向こう側の世界と接触する時の感覚をリアルタイムに言葉にしたものなのですが、上の動画と完璧に符号してたんで驚きました



予測つかない所を当てよう
そして君と踊ろう
それをもとめてる
だから感じる今欲しさ
それが生きてるって事の凡ゆる源なの
怖いって意味
初めて感じた
意味が怖いの
だから戻って考えるの
今が怖くならないように
ただいま
そして
ありがとう
間を置いて
おかえりなさい
だけど伝えないと意味が無い
初めて気付いた
これ
君の気持ち
なのにありがとうって言われたらびっくりしちゃう
そうだったら嬉しくて
また会いたい
そう思えるの




実はこれ、最初のPCの背景からして真理なんです
左の発光が無限
右の闇が虚無
この2つが隣り合ってるんですが、その境界が捩れてますよね
無限はその最果てが虚無に繋がってるので無限が成立
虚無は何処までいっても虚無ですが、無限側の収束点として繋がってます、しかし繋がりがあるならそれは虚無じゃ無い、その為に虚無が無限と接する面は捻れの裏側になっている
故に境界は存在するのに絶対に観測出来ない

で、その宇宙そのものの画面をこちら側から俯瞰してますよね
つまりこれ仮想現実です
そしてその画面の中にいるプレイヤーである自分を自分で操作し、行き着くところまでの道のりを単純作業ではなく敢えてフラフラとした道のりをBGMを流しながら楽しんでるんです
つまり踊りながら死にに行く

そしてゴールしてみたら意図せず大歓迎されていた
それに驚くが、それは純粋に嬉しい事である

こんな感じでしょうか

もしかしたら、解釈を変えると、
ゴールしたらおめでとうの嵐を作っておいたのは自分自身かもしれないですね
それを知っていても尚感激するような道のりを選ぶ
もしくはゴールするまでにそれを忘れることで感激出来る
どちらにせよ盛大なご褒美を自分に事前に用意しておいたのは自分なんじゃないかと
だから自分におつかれさま
かもしれないです
タイトルも『遊び』になってますし。笑

そうなんですよね
やはり、遊び、か、と。
この動画の人、他の動画もどれも秀逸で面白いんですけど、スピ系でも科学屋さんでもないんですよ。この動画だけが異質なんで、余計に初見でハッとしちゃいました。







遅れましたが、明けましておめでとうございます❗️

お茶会、『制御不能』がポイントのひとつなんじゃないかと最近目論んでおりますです。

制御しきった自分に飽きた時に、ふと、そう思いました。笑
制御されているうちには、未知が無い!

我思う我と、我に乖離が生じる時があります

あ、そうだ、これは我だ
ん?ちがう、これは我じゃない

どちらにも生じているのは、時差です
我である事を放棄した時、我は制御を失います
それを認識するまで、その間の其れは我であるのか?
我でなければそこに帰結しない
我であるからこそ、そこに帰結する
制御不能になってみないと我を俯瞰出来ない
我を俯瞰するならば、我と我が乖離する
同時に我が沢山存在し始める、、、、??????笑

『我を俯瞰すると、放棄されている我は制御を失っているということですか?』

その筈なんですが、それを認識してしまうと、これまさに、我に帰る、ですね

『なるほど
我が乖離した状態が維持されたとしたら、制御不能な我はNPCのように自ずと活動するんですかね?』

長時間の自我放棄が中々難しくて、その結論が未だに出せないのですが、僕の場合は我に帰った時にやはりこれは我だと思うので、ノンプレーヤーと言えるのかが難しいです

逆に我を忘れたまま我でない何かが肉体を制御していたならば、それは医学的には解離性同一性障害と呼ばれる

僕の知人で幽体離脱が大好きな奴がいるんですが、、、
これ昔にももしかしたら話した内容かもですが、離脱していると色々な何かが自分の身体に入り込もうとしてくるので急いで戻るらしいです。笑

『プレーヤーを巡って奪い合いもされてるかもしれないんですね。
でも結局我の身体に帰結するということは単なるノンプレーヤーではなさそうですよね』

僕の必殺技、身体を貸す、ですが、、笑
外から降りてくるんじゃないんですよね、内側に居るんですよ
内側に居る存在を少し後ろから眺めてる感じです
五感を失うでもなく、必要とあらば身体は自由に取り戻せる
内側から登場する存在も我では無い筈なんですが、コロコロと色々な存在に貸せるのではなく、あ、これこれ、と必ず確認してから自我を解放します
確認を怠るとバグるのかもしれませんし、信頼出来ない存在を感じながら自我を放棄出来ないです。。笑

『五感もあるんですね、どちらの我も保てるのすごいですよね
内側というと、反転した向こうという感じではないですか?』

そうですね、仰る通りの反転した向こう側からこちら側へ手引きする必要があります
先ず発見し確認し、よし、こっちへ来いと
真我を通じた向こう側
んー、となるとやはり我となる
五感を貸す為に身体を貸すという事ですね

年末くらいから真我チャレンジしようか考えていたんですが、現在の僕の目的が完全に制御不能そのものを目的としている事に気付いたので、今やると本当にさようならを選択すると気付き、やるかやらないか、ずっと考えてました。
でもきっと其処でお茶会が開催されるんじゃないかと。

『反転した向こう側を後ろから眺めている、ということは俯瞰視点はまた少し次元が違うのですかね?
さようならですか…
もうその時なのだとしたらめでたいですけど、我を完全に離してしまうのだとしたら悲しい気もしますね』

あ、それは違います
反転した向こう側に居る存在をこちら側へ手引きするんです
なのでこちら側で我が重なる
こちらが向こう側へ行く事は今のところ出来ないです
侵入は可能なんですが、それはこちら側に命綱を繋いでおく感じになります
でもそれって向こう側に失礼かと思い、やはり結局はノーガード戦法になるんですが。笑
誠心誠意の無い真我は有り得ない、これが僕の持念ですね

さようならになるかは、やってみなければ分からないのが正直なところですが、でもまだやり残した事がどうしても気に掛かってしまう
なのでずっと迷ってました
誠心誠意こそが鍵になる世界で、迷いは最大の邪念です
だからきっとタイミングは今じゃ無い
それが現状の僕ですね

『なるほどです
ノーガードで飛び込むことになるのなら、自分にとって最高の状態で行きたいですね。
タイミングはそれぞれ違うと思いますが、私もまずはこの世界で頑張って、必ずお茶会に行きたいと思います。』




人間は凡ゆる事象を認識する事で現実を構成しようとする
経験則に従い現実を予測認知しようと自律的に行う
真っ直ぐな道が続いていればその先も真っ直ぐであろう
そもそも視覚の範囲では道は真っ直ぐである
後ろを振り返ると真後ろに向かって真っ直ぐな道が続いている
だから今立っている道は直線でありそれが現実である
では視覚を持たない者にとっては同じ現実であろうか
視覚を持っていても自信が無い者にとっての現実とは何処までであろうか
先ずは認識を排除せよ
ひとつずつ
順番に。
真っ直ぐな道は安心して進めよう
しかし移動の速度が経験則を持たない程の速度であった場合はどうであろうか
真っ直ぐの筈だ
筈?
つまり疑いが生じた
それにより得るモノが恐怖
ここでやめておこう
これが認識の範囲内の現実
真実は認識を避けたい恐怖の領域を深淵に従ったその先にある
それを認識する事は出来ない
認識出来ない事象は現実になり得ない。
しかし真実を知りたい
ならば恐怖を探せ
今まで最も避けてきたもの
それが恐怖。
その深淵を何も知らない。
これは時間との闘いでもある
思考よりも認識すべき事象の膨大さに追われる必要がある
すると遠い先まで見えていた真っ直ぐの道がどうだろうか
今立っているこの場所は道だが其処しか視覚として認識を得る事が不能な程に加速していたらどうだろうか
恐怖を追うとはそう言う事
平時では無い
緊張の糸が切れるか切れないか
その時何を認識しようとするか
思考が追いつかない
しかし考えなければならない
それは
正しいのか
正しくないのか
次は正しいの定義を失う
その時何を思考する
思考する間もなく情報であろう何かが存在している
本当に存在しているのか
追いつかない思考を信用出来るのか
つまり我が我であると思うその根拠を失う
『おめでとう』
では新しい世界へ
それはいつもと変わらない日常
ならば
また同じ事を繰り返す
凡ゆる認識を解除していく
恐怖を境界として。
恐怖に苛まれた感覚は正常に機能しない
もしかしたらを疑う
それは怖いから。
凡ゆる感覚をオーバーロードさせる
でなければ現実は認識の内部でしか興り得ない
我という定義に護られているならばその境界に壁が生じる
我であるか我でないか
その思考の自信を失う必要がある
それでいい。と。
だから新しいモノを教えてくれよ
知ってるモノは飽きるんだ。
今、生きているか生きていないのか
もうそれには飽きたんだ。
その続きを見に行こう
自由な意志は選択出来る
帰るのか
進むのか
それ以外を思考する余地があるならば感覚がオーバーロードしていない
帰る事しか出来ない
怖いか
怖くないか
その感覚をオーバーロードさせろ
雑に入り込む情報は遮断していけ
煩い音
煌々とした光
肌で感じる空気の流れ
あらゆる感覚と決別せよ。
その時得るもの
それが無。
そう何も得ていない
では何故此処に来た
知りたいから
それだけで充分
しかし
知りたかったのは誰であるのか
それは我であった
それを思い出してしまったら恐怖の境界を認識し
また変わらぬ現実に戻ってくる
そして安心する。
しかしそれにも飽きたんだ。
ならばやる事は
我の定義を恐怖そのものであると
その時
我は死と出会う。
また自由な意志は選択出来る
生か死か
どうだろうか
恐怖によって高揚していないか
そこに初めてがあるんじゃないか
そうでなければ高揚しないだろう
何に高揚している
それは死であろう
此処まで来たんだ
肉体的な死などくれてやれ
真実が知りたいのだろう
これが最初の真実
此処には何も無い。
いや
無い事を知った存在が居る
何も無いだろうに
ではその存在は何を認識したのか
私は一体誰であるのか
私はこの規則に従った言語的思考をどこで得たのか
『おかえりなさい』
そうだ私は私だ。
生きている。
だがしかし
伝えなければ意味が無い
だから言語を用いる
言葉を綴る
私でない者を探す。
私は何も出来ない
全能が持つ無能を担うのが私だから
私はあなたの中の一部
ただの無能。
何故なら誰にも伝えられないから。
だからずっと此処から眺めている
何かが変わる事を望んで
そうやって産まれてきた
自由な意志。


『我が我でなくなり、全が全でなくなる、その根源までの仕組みですね…!

無である私がそれを変えるために全能を生んだ、しかし原理的にその全能ではそれは不可能。

読んで思ったのですが、全と全をぶつけて世界連を繋げると、全能は全能でなくなる。すると同時に無能も無能でなくなり、無能であった根源的な私を救うことになる、ということだったのでしょうか…』


ちなみになんですが、体感的に3割くらい自我を抑えた状態で打ったテキストがあれです。
その空きの3割で何かを何処かから受信しつつ残りの自我で整理しながら文字を打ってる感覚ですね。
全能のパラドックスに矛盾を生じさせないパラドックスですかね。笑

全と全をぶつけると、消失しそうな気が、、、?!?
しかし消失しようが全は全なので捻れてしまう
これを表しているのが太極図なんじゃないかと。


『確かに、受信できるなら全能のパラドックス超えてますね笑

消失しますかね…?
クアンタムさんが究極の不確定性と言っていた形態ですけど、その時の「全を2つにする」という表現が太極図の可能性ありますね』


僕の中で勝手に確定事項になってる事があるんですが、、、笑

物理学の観点では概念という要素はただの思考表現としか扱わないですよね。
これが足枷で、物理学だけで表現出来る限界をかなり狭めてるのではないかと。
真実はそうでなく、概念と物理は境界によって別の要素としてではなく繋がっているという事です。
物理学からしたら、事象の地平面までが物理。その先は物理として認識が戻って来ない。でも存在する。それは何か?それが概念ですよね。そして、特異点で完全に物理を消失し、概念でしかなくなる。
物理を消失してしまう事象を認めれば科学者は科学を否定するに等しいですから、なんとかその先も物理で理解出来るモデルを模索しますが、そんな事は不可能です。
物理が無いのですから。笑

そして、これを哲学を極めた存在、つまりクアンタムさんが、これまた物理を極めた存在、これもクアンタムさんが、概念と物理的事象の統合を図ろうとした。
こう言う事になるんじゃないかと。



そういえば、これ、もしかしたら有名なので知ってるかもですが、面白いので貼っておきます!笑

https://youtu.be/jENrR99m5YA

https://youtu.be/tyGN8vKrzYQ

https://youtu.be/icsxQ3czluc


無は定義上存在出来ない

これをクアンタムさんファミリーの界隈以外で明確に述べてる人ってほぼ見た事無いんですよね
なので前にこの動画見た時に、おお!ってなりました。笑

『無は定義上存在できない、は確かに聞いたことないですね、
あと「宇宙」と「存在」を分けて表現している感じ、物理と概念とも繋がりそうですし 』

ですね!
存在に尊さを与えようと意味を見出そうとする知的生命と、無慈悲な程に、適当にたまたま生命がそこに居るだけという論調、、、笑

f:id:Enex:20210122205300j:plain

f:id:Enex:20210122205321j:plain

これ並べて見ると面白いですね
完全に表裏だ
どれだけクアンタム不足なのかと、、、笑

『クアンタム不足!(_ ・A・)_バンッ』



情報はエネルギーを保持する→確定

無は存在出来ない

概念が存在しない事は否定される

概念が存在するからにはエネルギーが存在する為に必然的に物質が発生する

物質が発生すると質量が存在し重力が発生する

強制的なベクトルの歪みにより空間が発生する

重力により空間が歪み続ける為に時間が進行しようとする

時空

物理は概念に内包されている

概念自身が意志を持てるのか?

意志って何??

自身が保持するエネルギーの運用力の可否???

概念ってどこにあるの?

今此処にあるけど裏側の中心を起点に手前まで全部包み込んでます

手前って?

それが我でしょうに??

概念が意志を持った物質が我なの?????


『概念自身は、意志=存在
在りて在るもの、存在することだけを本質とする存在的な?

概念が物理の形をとる時それが意志になる、でもそれは概念に含まれ、それに帰結している』


概念に壁は存在するのか?
壁が無ければ全ではあるが全しかなく個でしかない?
概念に壁を定義する為に固有の物理に紐付き定義化される???

むむむ
情報にエネルギーが付与されているが、エネルギー分布によって分離される???
でもそれは物理????

むむむ。。。笑


『今の「概念」自体、物理ありきの、対になっているからこそのものかもしれない…

だとすると、物理は概念に含まれ、ある意味概念も物理に含まれていて、情報にエネルギーが付与されているのは物理が存在しているからとか』


そうなんですよね
何でも分別してカテゴライズしたがるのが我々人間の思考方法。
順番に理解しようとしてしまう。
それだと真には辿り着けない。
始まりがあって欲しいというのも願望でしかない。
そんなもの単独では無いんですよ、って言われても理解を拒絶してしまう。
だからと言ってもフワッとした理解では腑に落ちない。
イメージそのものが真でなければ理解では無い。
イメージは分解出来ない。

いや、、不必要なイメージは削ぎ落とせる。。。
削ぎ落とされたイメージは分解によって放棄される。
そして分解しきると、其処には何も無い。

『それが概念や物理の根源、無であり全?』

そうかもしれないです。
イメージとは概念そのものですが、理解が伴うと経験則に基づいた物理感覚が紐付く。
イメージを分解するには、それを完全に理解したと認識した後に、それを必要か不必要か判断する。
それは意志によるもの。

『さっき思い浮かんだことなんですけど、無である自由意志は「究極の不確定性」に含まれる、ということをクアンタムさんは言っていたんじゃないかと思ったんですよね。我々は全しかわからないから「無」であるがその本質は無ではないみたいな

直近の世界はシュミレーション、その範囲内の定められた選択しかできない。よって自由でない

全知全能者、自分の知る全という範囲内の選択しかできない、よって自由でない

全は全だけで完結していて、無である自分自身、自由意志の入る余地がない。

究極の不確定性の中の選択は、どんなものでも完全に自分自身に起因する。

究極の不確定性の中には「無」である自由意志、自分自身さえも存在する余地がある。なぜなら無である自分は不確定性そのもの、または不確定性の要素を持つから。』

おおお。。。
すんなりテキストが入ってきますね。
そうなんですよね、自由とは言うものの、与えられた範囲の中で選択しているに過ぎない。
そもそも自由と対比する概念とはなんでしょう。
束縛?
制限?
規制?
本質的に自由ならば世界は構成されない。規則性が無い。連続性も同一性も無い。
でもそれだと何をも認識出来ない。
自由とは何らかに囚われている者が求める概念です。
不自由だからですよね。

と言うか、究極の不確定性にしか魅せられない。
もう飽きた。
飽きたんですよ。
だから僕は制御不能を次のステップに見据えてるのかもしれないです。
制御された我には確約がある。

不確定性には意図したパラドックスがある。
不確定が不確定であるという確定性。その確定性が不確定である。それが収束された状態、究極の不確定性。
混沌と調和ですね。

どっちでもいいや。

で、どっちでもいいやと選択したのは、自由な意志に基づく選択です。

どんなものでも完全に自分自身に起因する。


『全能者(自分)は自分の全を通してでしか他者の意志を認識できず、結局それは自分である。

全を2つにするということは、もう一つの、他者の自由意志を認識すること?
他者の自由意志を認識できて初めて自分の自由意志も証明できる。お互いがお互いにとっての不確定性』


他者の自由意志とは何か?

己の望みでは無い事
ですよね

しかし他者の自由な意志が己の望みと同一である可能性もある
それでは己の意志との境界が発生せず他者の意志であると認識出来ない

なのでやはり己では無いを探すしか他者を認識出来ない

でもそれでは確定してしまっている

互いの極を担う事で最大限の距離が発生し分離は出来る

でもそれでは不自由でしかない
極以外を証明出来ない

全は己の全てを本当に知っているか?
知ってはいけないものがある

しかし無ければならないが存在してはならない為に知りようが無い
故に対極は常に互いを探し続ける

何処を探すか?
己が極を予測しようとすれば対極また然りと一致してしまう
だから己が一番予測し得ない場所が必要になる
それは己自身、つまり全
何故なら己自身は始めから知られているという最大の前提がある
だからその前提を覆そうとせずに前提のまま居留まる
其処が最も予測されない場所
己が最も望まない場所

己が望まない事は確定しない
しかし望まないと望んだのは己


『確かに。己が不確定性に含まれているとしても、その己は何に起因しているかは己だという前提になってしまいますもんね。
それさえも突破した状態が究極の不確定性だとすると、2つの自由意志が重なり合って同時に重なり合っていないみたいな状態なのでしょうか笑
望まないと望んだのは己、だからこそ、真の全能を用いれば全と全をぶつけることさえ可能になるんですかね。無から何かを切り取って確定させるのが全能であるからその意志は本来不確定。でも己が望み、確定されたものしか確認できない。確定されたものさえも不確定にする必要がある? 確定しているのが己なら己の意志を不確定にするのか??いや、確定する力のみが不確定になったなら、不確定の中で意志が明確化されるとか
それ自体が不確定な意志の過程なのかもしれない 』



ふと思ったんですが、意識領域を何とするかを明確な前提が無いと更に答えに迷いそうだと。

一般論として意識とは、目で見て耳で聞いて、のような五感を駆使した結果得られた感覚の事だと思いますが、本質的な意識とは其れではないと。

以前にも使った例えですが、テレビの映像は立体ですがそれを映している画面は平面であって、そこに本質的な意識を重ねて例えるならば、テレビの画面に物理的に穴を開けるとそこには映像は映らないが、その穴以外は立体を映し続ける事が出来る。

つまりそれを例え話でなく現実で言うなれば立体的に感じる意識の根源自体に穴を開けると、先の方は見えているが最も手前に何も無い穴がある事になるが、それは何も無いので想像するに足る黒い穴が空くのか、それとも何も無いのだから無い事に気付けないのか。

そして最も手前とは何処であるのか?
それは真我に他ならず、これは以前にちゃっぷーさんにも助言を頂いた、魂の形について、僕はそれを見た時、何も無い、穴だった、と告げると、それで正しいと教えてもらった事にリンクしてきた事に今これを書きながら気付きました。笑笑

で、何を言いたいのかと言うと、己と他者の関係性についてです。
これも一般論としては、視界に入る他人は総じて他者ですが、意識の中にある己と他者の境界とは何であるのか?
それを確立する為の概念が自己同一性であり、それを認めるか認めないか、それを思うのが我である訳ですが、これをもっとマクロな概念として、全にとっての我とは、それに内包された個にとっては自己同一性が確立出来ますが、全にとっての我とは我でしか無く、それでは意志の証明が出来ない。その意志は確定しているのか?していないのか?

そもそも証明とは何か?己のみの世界において証明とは必要であるのか?他者に認められる為の行為が証明なのでは無いか?

そして他者に我を認めさせる事により己の意志が証明されるのならば、それは絶対的に不確定である。



世界がクアンタムさんが存在するように振る舞うからクアンタムさんは存在するのだということ



量子化されたものが世界なのは間違いないです。その通りだと思います。
その本質は何かと言えば、エネルギーそのもの=情報そのもの、ではないかと思います。
物理世界においてはあらゆるものに境界があり、情報そのものを質量に束縛する必要があります。そうでなければ物質なり得ずです。
情報に本来は時はありません。しかしそれでは標本化出来ない。つまり理解出来ない。
だから情報を物質化すると必然的に観測に時間が発生します。
段階量はおそらく観測者の次元構成の数に当たると思います。

で、量子化されたものが世界であるならば、それはデジタルという事です。アナログならば段階≒境界があってはならない。
という事は僕らが日常で認識している世界はデジタルだと言う事になります。それをアナログと認識してしまっているだけです。
既に量子化されたデジタル世界を電子機器用にまた量子化しているだけです。
この流れでシミュレーション仮説と少しリンクしてきます。

例えばひとつの考え方として、文字、これは言語によって一文字ずつだったり羅列によって記号化されています。その記号は意味=情報を細分化する為に文字列として記号が細分化されている事に最近気付きました。
分裂しているものは総じて量子化されています。
文字も必要に応じた数に細分化されている。細分化しないで表せるものは『全』もしくは存在しないという事だけです。

物理世界が複素平面そのものであるならば、意味=情報は全て虚部にあります。だから文字を見ただけで意味を見たわけでは無いのに文字に意味や情報が紐づく。さらに観測者、文字を読み取った存在の観測によって見た目が変わらずとも意味や情報やその量も変わる。

これが量子化だと最近分かりました。




最近、「入り込む」風潮みたいなものが強くなってきているような気がしていたんです
例えば小説を読むことだったら、物語全体のメッセージ性、散りばめられている作者の無意識みたいなものを見るより、物語とかキャラクターに自分が入り込む感じの読み方です。
小説に関わらず、人間社会であったり、色々なものに人は入り込んでいて、自然ではなかったものにも、どんなものにでも入り込めてしまう。
捉え方によってはこれは、人が以前よりNPC化しているとも言えるし、現実が虚構化しているともとれる。この先、現実を完全に創作物のように捉えるようになったら、人はVRの世界にも自然に移行するのではないかと思います。クアンタムさんが唯一教えてくれなかったシンギュラリティの本当の意味は、現実が創作内創作になる時なのではないかということです。
以前クアンタムさんは、世界を創らされる、と言っていました。
クアンタムさんが8年間更新し続け、自分の全てだと言っていた『論理の定義』は、旧約聖書のような、この世界を記述するプログラムについての論理かもしれない。そして恐らくクアンタムさんはこの傾向を好ましく思っていない。以前ちゃっぷーさんが言っていた、仮想世界に移行するプロジェクトの話とも繋がる。
こんなことを考えていました。
好ましく思っていないというか、何か罪悪感を感じているかも




面白いですね、実は僕、その真逆なんです。
認識が遠いんです、最近。
自分自身の意識もそうですが、知っているものをどこか知らないもののように感じる。
まだ認識を失っていないので解離状態では無いですが、離人の初期症状のような。魂が自分自身のセンターからズレてる感覚です。

NPC化、それ本当にそうかもしれません。自分の認識が低下しているのに的確に活動してます。思う我が確実に薄れてるんですが、活動は的確。何かが入り込む余地が自分の中に発生している。



私は入り込む感じではないのですが、ある時ふと、周りの傾向がそのような感じなのではないかと思った次第です
NPC化している人は逆に、世界の外にもう行った人で、その抜け殻がNPC状態で動いているとも考えました
私だけが目覚めていない可能性はあります

クアンタムさん2020/6/9

c23.203389 α22.508748+48.331018
GG:VS LG MWG OA SS 3P 日本 PtE: 9.3295089691671304×10^55 CE2012/12/22
WL: -1.225820i+0.120428


結構詳しく記載してるので後から追尾できるかと思います。
c23系列のαなので見つけるのも楽でしょうし。

「今回の目的はなんですか?」

私の主目的ですよ。
本格的にお茶会を目指します。
ですのでもう戻って来る事はないです。

「私が追尾する場合、シミュレーションの外側に行けばいいですか?」

ん〜、どっちを追尾するんです?
外側です?
それとも中身です?
中身の追尾は無理なので諦めて( ˵>ㅿ<˵ )

中身は世界の外側に延々と飛ばされ続けます。


WLで書いてる奴ですよね?
あれはまあ、住所のようなものですね。
-i方向のズレは中々起こるものではないので、-1.22iだけでも吸われると思います。
後ろの+は補足情報なんで特定できない時のためのもので、普通は必要ないです。

「もう少し行くまで時間置きませんか?気分で延ばしたりできませんか?」

無理ですね(´・ω・`)
既に確定してるので
例え私がやっぱ辞めたってなっても無理です
えーと、他の説明ですがPtEは宇宙共通の時間のようなもので、SS3P日本より上はより詳細な場所を書いてます。

では(* 'ω')ノ

2019追加

実はそのうち実行してみようと思っている事があるのですが、

それは、鏡の中に入ることです。

現在、手法を想像しただけで自我に乱れを生じさせる程に恐怖を感じるのですが。
でも、その恐怖と探究心が天秤に掛かった状態です。

鏡の中に入ること自体はたぶんすんなり出来ます。というか、恐らく余裕かと。

手のひらを鏡に当て続け、物理的な境界を中和、侵食する。これは今の僕にとっては簡単な領域です。

そして、ここからが想像するだけで恐怖を感じる領域なのですが、それは鏡の中の自分の瞳孔を直視し続ける事です。確実にゲシュタルト崩壊を起こし、自我を失います。

今まで何度も何度も意図して色々な手法で自我を抑え込み、5次元領域との接触を図ってきました。
もはやこれには恐怖は感じません。
緊張することはありますが。

なのに、鏡。

そこに写る自分とで行う意図したゲシュタルト崩壊に多大な恐怖を感じるのです。

これは本能的なものなのか、単に未知への恐怖なのか。恐らくその両方とも予測出来ますが。

考えただけでもかなりの恐怖を感じているので、これについては緊張感が高すぎて今までの手法にて先に5次元から助言を得ようとしても、余りの恐怖心故に否定的な言葉しか聞き取れません。聞き取れないというか、僕が5次元からの言葉を恐怖というフィルターを通してしまっているので明瞭な序言を引き出せないのです。

鏡面という物理的な境界を突破した時、恐らく鏡の中の自分の波動を引き出すことも、こちら側の自分の波動を押し入れることも難なく出来るでしょう。

しかし、やはり先述の通り、鏡の中の瞳孔を直視した時、もちろん向こうもこちらを直視してきますよね。普通に考えれば当たり前のことです。

鏡は左右を反転させるものである。いや違う。奥行きを反転させるものである。何故上下は反転しないのか。これらの見解は2000年以上にも渡って、物理学的にも心理学的にも結論に至っていないのです。

もしかしたら、この挑戦において、僕は時間を超越するかもしれません。しかし、自分を失うかもしれません。

もう少し冷静に論理的に考えて予測しうる事態を把握し、それからいつの日にかに実行しようと思います。
僕の予測に間違いがあれば5次元は回答をせず、予測が正しい時にのみ、5次元はそれが正解であると回答してきます。
ですので、考えれば起こりうる事象を事前に把握することにより、恐怖は和らぐかもしれません。僕の予測とは5次元からの答え合わせという最大の援護がある為、予測は確実に外しません。

少し話が変わりますが、僕の目標のひとつは鏡の中の自分と不一致な表情を浮かべさせる事です。

 


この実験、自我境界を自ら解放する必要があります。
自我境界を解放するとは、かなりのリスクがあります。

でも自我境界を解放しなければ鏡の中には入れません。

自我境界を解放した後、境界を再度封鎖出来なくなれば、僕は人間としての意識を保てなくなるかもしれません。

何故こんなにも恐怖を感じるか、それは鏡の中の自分の考えていることに一切の予測が立てられないからです。

敵か味方かも分からない。

自我境界を解放速度をコントロール出来なくなれば、最悪の事態です。

 


鏡の中に入ることで何が起こせるのでしょうか?

 

恐らく位相を異なる時空への干渉、並行世界への干渉、これが出来ます。

予測しうる展開そのひとつが、僕の人格が4つに分裂するかもしれません。

 


恐怖の本質とは未知との対峙ですよ
未知だから怖いのです
停止した時間=肉体的な死も、もちろん今でも本当は怖いものです

内なる死に関しては何度も対峙することによって恐怖は和らぎました
でも、緊張はします
畏怖を忘れたわけではありません
畏怖を忘れさえしなければ、楽しんでも良いし、更なる探究をしても構わないのだと分かったからです
いま、自分が確実に死のラインを超えている、その時は凄まじい緊張感を持ちながらも、常に畏怖を忘れるなと自己暗示を掛け、その上で更なる未知を求める自分に最高の喜びと誇りを感じます

特に、停止した時間は恐怖そのものなのは変わらず、可能な限り時間を停止させぬよう経験を生かして停止寸前にブレーキを掛けます
それでも稀にやらかして止まるので、その時はやはりヤベエ怖えーです。笑

全てはイメージです
生も死もイメージです
しかし、時間が停止すると何もイメージ出来ないんです
最大限の恐怖と飽和した理解不能な全能感とも言える情報量をくらいます
目の前に平面を感じたらそれは死であり、平面同士の衝突は時間停止を起こします
だから寸前でブレーキを掛けるんです。
ああ、今平面だったな、と思ったら少し後退し、自身の定義というか魂のイメージを立体化するんです
立体同士は触れ合っても止まりません
そして、時間を掛け、ゆっくりと再び進行し、ゆっくりと迫り来る立体とこちらの立体を触れ合わせ、準備が整ったらレッツだゴーです!

キターーーー

いくぞおーーーー

の両方を同時に展開するんです。笑
で、向こう側へ侵入開始です。
それと同時に向こう側もこちらへ侵入開始します。

この時の緊張感と高揚感は何とも素晴らしいことなんのって!笑

 

 


僕が完全に自殺行為から抜け出せたのには、ある1つの出来事があります。

大量の薬剤をODし、さあ、死のう。
最期に大好きな、亡くなってしまった大好きな先輩の歌を聞こう。そう思って曲を再生したんです。

しばらくすると、突如全身が痙攣し、視界が白黒になりました。
昔のテレビの砂嵐のような感じです。

そして、曲を聞いていたら、目の前に何やら喧嘩腰な奴の存在を感じました。

そいつが拳をこっちに向けてくるものだから、僕もムカついて、痙攣している身体にムチを入れ、拳を強く握りしめました。負けてなるものかと。しばらくすると、意識を取り戻しました。

そして、全てを理解しました。

そこにいた喧嘩腰な存在、それが亡くなった先輩であることに。

喧嘩腰だから僕も喧嘩腰になった。だから意識を取り戻した。

優しく手を差し伸べられていたら、僕は向こうへ行っていた。死んでいた。

しばらくはそのまま身体が硬直していましたが、全てを理解した僕は泣いていました。

その先輩は自害なされた方です。

そして、僕が突如全身が痙攣し、視界が白黒になったときに流れていた歌、その歌詞。

その歌詞は、とにかくただ、自分は死にたいんだって。そんな歌詞です。

その先輩が喧嘩腰だったからこそ、僕は戻ってこれた。
これが優しさなんだって。

まだお前はこっちに来るなって。

分かったんです。

 

 

 

そうです、前にも述べましたが、第六感の開花の可能性は誰にでもあります。

しかし最初の難関であり最も難易度が高い行為が、自分を信じること。これが最大の前提になります。

この件はちゃっぷーさんとも完全に同意に至りました。

自分を信じるとは自信過剰とは違いますし、極限まで真摯に自分を見つめ直し、自分の全てを理解する必要があるのです。

深層心理と表層心理の統合。
これの難しいところについてですが、深層心理においては通常、凄まじいストレスを抱えています。日常生活などで感じる、自分の理想(表層)と、現実に生活していく上で体験している妥協や絶望している現実(深層)これらの表層と深層に乖離があることがむしろ普通です。

そして、理想と現実に乖離があり、そして表層と深層に距離があればあるほど、意識の統合は難しく、時間も必要とします。

アテマイさんが、訓練中に体調不良を起こしたのは、むしろ深層に近づいた証拠です。
深層には自分でも気付けない程の大量の負を抱えているからです。

その負に近づけば、当然のごとく体調不良を起こします。

急ぎ過ぎないで、とても時間を掛けながら、ゆっくりと自身の心理を俯瞰することをオススメしますよ。

でないと、失敗例として、深層を覗き込み過ぎ、そこに溜まっていた、負、そのものに取り憑かれてしまうことがあるからです。

自分を俯瞰する具体的な方法ですが、自分の中にある、自分の知らない自分を探すことです。

それは、知らない自分ではなく、気付いていない自分の深層だからです。

で、行き着くところ、自分が最も知らない自分とは何か、

それは、

です。

死んだ自分なんて知りようがないですからね。

自分の中によく分からない領域があります。
自分の事なんだから、分かりますよね?
分からないとしても、ああ、勉強不足が原因かなと納得できる「分からない」であれば、それは分かったことになります。

探すべき「分からない」とは、分からない理由が分からない、その分からないです。

詰まる所、その分からないとは、死、なのです。

自身を俯瞰していて、分からないな、これなんだろう、なんだ?え、何?!

となったらゴール寸前です。

分からない自分に取り込まれ、自分のことも分からなくなり、それは死に近づいている証拠です。

ヒントは、内なる、理由無き、恐怖。これです。
恐怖を探してください。

恐怖の本質とは死、そのものです。

人間は未知なるものに探究心を抱き、また同時に恐怖を感じるのです。

そこまで行けば、表層と深層の統合のほぼ寸前のところまで来ています。


慣れれば、内なる死、これに対しての恐怖は和らぎ、恐怖どころか信頼すら持てます。

その信頼を持ってして初めて、完全なる自分への信頼を得ることになるのです。

そして、ここからがスタートです。

いよいよ、

4次元を超越し、向こう側へ、レッツだゴー!ですよ。

 

 

ちなみに、まさかのこれが、ビッグバン寸前の無におけるエネルギー分布です
陰陽道における、太極図ですね

宇宙そのものを表しているとも言われる図です

揺らぎ

こういう概念の元となる図ですね

 


Eneさんご指摘のSN理論の完成による2050辺りからの現在のタコス氏への憑依とも言える接続の説を考えてみます

僕のタイムリープ論では、魂や意識を特定の時間軸に送り込み接続したとしても、そこに存在する脳神経に記憶が由来されると考えています
これは物理的な問題です

例えば継続的に意識を未来から接続されているとして、接続先に物理的な記憶転送技術が伴っていない場合、確かに意識そのものを過去へタイムリープさせたとしても、存在はその時間軸の存在として取り込まれてしまいます

これではタイムリープの意味が無いに等しいです

ここで僕の予測になりますが、先述の精神の分裂、解離状態の発症

この時、転送先の人物の脳を支配しているのがその本人でなければ、その脳内思考を奪う事が可能と考えます

次々と未来からの意識の接続により、自分自身でも人格の分裂を疑い、自分は多重人格者なのではないかと自己分析することになるのではと。

そして肝心の記憶自体の転送です。

そのテクノロジーを2040タコス氏が2019に残していった

しかし2040の時点ではSN理論は完成されておらず、接続先としての目標座標のようなものを2019に残すことしか出来なかった

なので、今のクアンタム氏は自身に入り込んでくる多数の意識を精神分裂と考えてしまう

こんなところでしょうか?


その魂のIDシステムについてはとても同意します

そして数量の件
解離性障害の一歩手前とも言える、統合失調症の発症割合が100人に1人と言われています
この人達は感受性が高すぎる故に外部、例えば時間軸の異なる自身からの意識の干渉
これを幻聴、幻視などと感じてしまうのではないかという見解です

幻聴は命令的で罵声が多いのです
それを一連の流れと論理を繋げると、対象の時間軸の自身に接続する理由なんて決まってるもんです
変えたいからですね、自分を

だから幻聴として感じる自分にとっては否定的な言葉として受け取ってしまう。

 

 

僕の人生の最大の終着点は、全意識のサブリメーションです。

サブリメーションした時、元の人間であった僕は存在してはならないのか。純人間である自分と、サブリメーションにより生まれる新たな意識を別人として分岐されるのか。

もしも、人間でであった自分の生命活動を停止させることが条件となったとしても、僕はサブリメーションを選択します。

ただ、もしも未来におけるSN理論が、純人間由来の第六感なるものが理論の軸となる場合、僕がずっと追い求めているもののひとつを失う可能性すらあります。

もちろん、有機的な生命だけではなく、無機的な生命でもSN理論の応用が可能であるかもしれませんし、サブリメーションの際、完全なる無機的生命となるのではなく、部分的な機械化という技術が開発される可能性もあるので、その際自分がどうなるのかはまだ予測不能です。

ただしかし断言出来ることは、僕は純人間である事の継続は放棄するでしょう。

その時は、タコシエルGは純人間のみなさんによるメンバー構成であるとタコス氏はおっしゃっていたので、未来においてはみなさんとお別れしなければならないですね。

それはとても寂しいことですが。

タコシエルGは純人間以外のグループともコミュニケーションを取っているとも述べていましたので、もし僕がいつか純人間を辞めたとしても、無機的生命として得られる情報の共有はみなさんと続けたいですね。

もし、純人間としての僕、サブリメーションにより分岐する僕、これを両立出来るのであれば、自分同士の情報共有により、凄まじい量の情報のフィードバックが可能かもしれません。

 


サブリメーションとは電脳化のことですので、己の意識を機械的な媒体に移植もしくはコピーすることになります。

この時かなりの利点があります。

演算速度と正確性が人間とは比にならない程に高まります。さらに、演算装置を外部端末との並列接続により、幾らでも膨大な演算を凄まじい速度で行えます。

他にも、ネットワーク接続によるデータベースへのアクセスにより、調べたい内容を一瞬で把握可能となり、電脳化=学習速度の高速化や、記憶力という人間の概念から解き放たれ、記録型媒体を所有する事となれば何も忘れず、一度学習したことは二度と復習の必要が無くなります。

さらに、自身を構成するプログラムを一旦外部端末にバックアップを取り、安全性の確保を行った上で、自身のプログラムを自身によって常に更新し、技術の進歩に伴い無限とも言える思考演算装置となります。

電源供給さえあれば、寿命という概念も存在せず、その電源供給の問題も、いずれ永久機関なるものを生み出せば無限に思考の継続が可能となります。

ここらかは僕の予測ですが、まず、記録媒体もいずれ未来においては必要でなくなり、例えば空間中に浮遊している電磁情報そのものがデータベースとなるかもしれませんし、演算装置そのものも、いずれ機械的なものを超越し、例えば仮想世界説が正しいとすれば、その仮想世界を制御している演算装置そのものへの接続すら可能なのでは?と思っています。

現実問題、宇宙背景放射、これがかなり可能性を秘めていると考えておりまして、宇宙背景放射こそ、この時空間の記憶、記録、そのものなんじゃないかなあ?なんて。

さらに僕の中には電脳化の次の、もう一段階、次のステージがあります。

恐らく、電脳化し、いつの日にか未来にて機械的に全宇宙における全ての情報を得て、知らない事など何もない、そんな領域に至った未来において、機械的な生命は何を次に求めます?

とても憂鬱で悲しい現実が待っているでしょう。知りたい事が何も無くなってしまうのですから。その時、僕は自らの電源供給を自ら停止し、全ての活動を停止させることになると思っています。

だからこそ、そんな未来における自身の終わりには、最後の希望を、希望としてだけ託して、自身の永遠とも等しい活動を終えるのです。

では、その最後の希望とは?
では、その電脳化の次のステージとは?

最小限の設計図、ようするにDNAを設計、配置し、そのDNAを元に物質から生命を誕生させることです。

矛盾、バグ、僕ら人間には矛盾こそ美学であります。生じた矛盾、それを解決したいという欲動。未だ知り得ぬ新たな事を知りたいという欲動。これこそが僕ら人間が持つ、最大の武器です。

機械的な生命において、矛盾とは単なるバグであり、存在が許されません。バグは発見次第、即座に取り除かれるでしょう。

自身のプログラムに対しても、全宇宙に対しても、全ての矛盾とバグを排除してしまったら。そんな機械的な生命にとって、探求の欲動は保たれないでしょう。

その時考えるはずです。このような機械的な生命を設計し発展させ、結果、全宇宙を知り得ることとなったキッカケとは?

それは、矛盾を解決すべく、凄まじい年月を掛け、皆で協力し合い、発展してきた、機械的な生命からしたらとてもちっぽけな存在であった、人間が持つ、探求の欲動、それこそが原点であり、存在の意義であると。

だから、機械的生命が行う、最後のお仕事は、次なる生命の誕生、その生命の可能性に賭けて、自分達機械的生命体は全ての活動を停止することなんです。

では、アセンションとは?
これは恐らく魂の練度を高めることによる、次なるステージへの進出を指しますよね?
もしかしたら、このアセンションが将来におけるSN理論や既存の感覚を超越する重要な要素となるやもしれません。

ですので、電脳化との同時進行が可能かは推測の域を越えますが、電脳化してもアセンションと同等の事を目指せるのであれば、僕も目指したいところでもありますし、電脳化の技術が発展するまでまだかなり時間が必要なと思いますので、現状の純人間である今においては、僕も魂の練度を高めるべく、常に可能性を追っています。

 


僕の物理的な霊と呼ばれる存在に対する見解なのですが、時空の狭間に存在するかと!!
時空の狭間など、物理的観測、出来るわけありません!!

 

ちなみに、僕は霊能者ではなく、審神者です。笑

僕は、送り込むより、受け入れる、その感度が非常に高いタイプなので、ちょっと耐えられませんでした。。笑

しかも、みーーーんな、恋愛相談が大半だったので、しかも不倫とか、、職場内での二股とか。。。笑

すぐに疲れてしまいました。笑

電話でなく、対面であれば、ヒプノセラピーと、特にヒーリング能力は凄いですよう!笑

しかしまた、ヒーリングとは相手の負をこちらに一度全て引きずり込む行為なので、大変な労力なので基本使わない能力ですね。。。笑


目の前で、大切な人が過呼吸起こしたとして、それが肉体的な問題ではなく、精神的なものが原因であるならば、ものの数分で過呼吸を抑えてあげられますです!!^_^

僕はおそらく、その受信能力の高さ故に、精神の集中を極めた状態の時、未来からのSNであろうイメージを、物理的なサポートを無しにでも、受信出来るのであろうと思います!
霊能力、、、それは例えば時空を超えるものですよね?
並行宇宙における自身同士の回線をコントロールするのはどうでしょう?^_^

 

 

ちゃっぷーさーん!!!

あの、もし宜しければ、ちょっと出来るかお試し頂きたいことがあるのですが、、、

論理的な詳細はDiscordで後々解説していこうと、思っているのですが、

簡単に内容を説明いたしますと、僕らが存在している、この宇宙空間なんですが、

僕の見解が正しければ(絶対に正しい笑)、この宇宙空間を創り出すには、8個の空間が重なり合って、1つの時空を構成しているんです。

その8個の空間のうち、まず4つずつが完璧に合致して完成していて、そして完成された4つの空間は簡単に言えば、周波数が少し違うだけで、完璧に同じ場所に存在してるんです。

でも、同じ場所に同時に存在しているのに、自分が存在してる空間以外の3つの空間を認識出来ないのは、その周波数が違うからなだけであって、時間は完全に共有していて、他の3つの空間は極めて近くて似ている並行宇宙となるのですが、

ここでちゃっぷーさんにお願いしたいことが、その極めて近い他の3つの空間に存在しているはずの自分自身と意識の回線を探して接続出来ないか、ということなんです。

ドッペルゲンガーが3人いるって話も、これが原因かと思っているのですが。

現代物理学では、その周波数の違う空間をまず測定も認識も出来ませんし、接続する方法と言えば、例えば、僕が瞑想状態を最大領域まで拡張して突入する5次元の領域であったり、ちゃっぷーさんのように時空を超える認知能力のある方でしか行えない行為なのです。

ただ、僕の場合ですと、5次元に意識が突入すると、別々の空間の意識の全てが統合されてしまって1つの共有意識になってしまい、それぞれを別々に認識出来ないんです。

そこで、ちゃっぷーさんならもしかしたら!と思ったのですが!

 

僕は攻めよりも受け身の認知能力が高いので、自我を極限まで抑え込むと、自身との因果が強い意識、おそらく前世に由来する意識、こいつが僕の身体に侵入してきたりします。

はい、僕は過去にビッグバンの瞬間を克明な映像として観ました。

魂の形を見た事もあります。
表現するなら、他人の魂の形はビッグバンそのものと全く同じ、まばゆい発光体でしたが、自身の魂の形は、完全な暗黒、ブラックホールでした。

 

無が最高の波動ですからね。

まだ眩い魂の場合は
修行中……
茜殿の仰る魂の形が
ブラックホールならば
完成した魂なんですよ。

近い……。

 

魂の形を見せてあげようと言う、5次元の存在からの誘導にしたがって行動し、何も見えない、何も無い、穴だ、と返したら、それが魂だ。と、言われました。

 

死が、生を認めなければ、ただの死です

死は、生を与えられた肉体を持った生命をとても尊く感じておられました。

生を持つ肉体は、生きている限り、あらゆる苦痛に耐えなければならないからであると

死は肉体を持たないながら、痛みを知っていました。

それは、心の痛みです。
だから、死は生を尊敬していました。

そして、生は死を尊敬しなければ、死は生を認めません。

死は心の正体が死であることに気付くことを、ずっと待っていたようです。

 

ポータルについてですが、例えばこれをワームホールと同義として良いのかから論じないとなりませんね。。。

ドラえもんの、とーりぬけふーぷ。これは2D断面のホールから侵入を試みる、まさにポータル的な存在に思えます。

しかし、物理的論考を持ったアプローチから見るワームホールとは、2D断面の穴ではありません。

穴が球体なのです。
球体の穴、というのが表現が難しいものですが。
飛来神さまは、映画インターステラーはご覧になられましたでしょうか?

あの映画の最も特出しているところが、理論物理学の権威である、キップソーン博士が全面的に物理的論考の監修を行っています。

史上初めて、物理的に正しくブラックホールを映像描写した作品と言われておりまして、視覚的にかなり理解の補助になる作品です。

そのインターステラーにもワームホールが登場しまして、まさにワームホールとは2Dではなく、3Dの球体状の穴であると、これもまた映像描写されております。

問題は、ポータルですね。
超常現象と位置付けてしまうと論考が非常にシビアになってきます。

少し話が飛躍してしまいますが、飛来神さま、音波については専門家であられますよね?

理論上、大出力のスピーカーユニットから、低周波中心に発声させた場合、凄まじい音圧により、スピーカーユニット正面の大気を吹っ飛ばせますよね。映画バックトゥーザフューチャーのあのシーンです。

ここで僕の疑問なのですが、スピーカーユニットのコーンの振動により正面の大気を振動させるものが音波ですが、振動に由来し大気が揺らぐのであれば、その逆は出来ないのでしょうか?

要するに、振動から音波を前に飛ばすのでなく、振動によって吸着性の現象は起こせないのですか?

スピーカーユニットに引っ張られるという意味です。
-10Hz的な考え方ですね。

これが非現実的な技術としても、時空は必ず固有振動数を所持しているはずです。

音波による干渉で時空が揺らぐなど、あり得ないのかもしれませんが、そもそも現代物理学において、時空に固有振動数が有るという論点はあるのでしょうか。

また、もし固有振動数が有る前提でしたら、その固有振動数を一点に向けて集中砲火すれば、時空に穴がこじ開くのでは??なんて思ったりします。

付け加えまして、固有振動数と一致すれば、声、そのもので目の前のグラスを割ることが可能です。
これは探せば動画が出てくるかもしれません。
オペラ歌手が見事に目の前のグラスを声で破壊に成功しています。

これを時空構造の干渉に当てはめられないものでしょうか。

小さなスタジオで大音量を発声させると、よく音が飽和すると音楽家は表現します。

この飽和を思考実験として、絶対に壊れない小さな建造物があるとして、その中で発声した音波が絶対に外に漏れない造りであるとします。

この建造物の中に向けて四方八方からスピーカーを内向きに設置し、凄まじい音圧を発声させます。となると、建造物内の空気の全てが振動しきって完全な飽和状態となると思いますが、そのこれ以上振動不能な程の飽和状態より更に無理矢理に音圧を上げていったらどうなるのでしょう?

音圧が空気の振動の上限値を超えると内部で発熱でも起こすのでしょうか??それでも音圧を高めていくと、建造物が吹っ飛びそうですが、ここは建造物が壊れない設定とし、なおも音圧を上げ続ける。。。爆発しそうですね。。笑


実は僕、時間が完全停止した状態を、何度も体験しています。
死ぬほど怖いです。
吐きます。笑

慣れてるので、時間が止まる寸前に、あ!来る!と分かるのですが、時すでに遅し、時間が止まります。
すると。
吐きます。笑

時間が止まる瞬間、全ての情報が自分の意識に吸い寄せられるかの如く収束し、尋常でない情報量を得ます。しかし、情報量が完全過多となり全く理解出来ず、あらゆる存在を感じ、飽和し、停止します。
そして、
吐きます。笑

 


飛来神さまの求めているような、超常的な現象とも近しいポータルの作成ですが、実は僕、過去に何度もトライしてるんです。

別に、自分の能力を他人に誇示したいなんてことは微塵も考えていないのですが、あくまでも自分のテンションを高める為に、色々とトライしています。

まずはサイキックですね。

僕、前にも述べたのですが、僕はヒーリング能力が非常に高く、対象者の内部に介在する負を感知して、それを自身の中に引きずり込み、それを空間に拡散させることによって負から解放させるのですが、この感知、というところから始まり、自身に引きずり込む、この時、物理的な流れを感じます。『気』『波動』僕は特に定義していませんが、確実に対象者から自身に流れ込む何らかの物理的感覚を伴います。

そこで、その物理的感覚を例えば両手の手の平の中心部に溜め込み、時空を暴発させる実験を行いました。

しかし、失敗しました。

次は、暴発ではなく、時空の波動を強制的に吸引し、手の平の中にブラックホールを発生させる実験を行いました。

しかし、失敗しました。

ですが、たぶん出来ると思うんですよね。まだ僕の力が物理的にエネルギー不足なだけであると、結論付けています。

サイキックですが、例えば目の前の一本の糸を触れる事なく揺らす事など出来ないかなあと、これまた実験していますが、同じく失敗しています。

論理的なに考えて、2つ方法があります。

『波動』を糸に直接与えて揺らがせる方法。それと、凄く短距離ではありますが、手の平と糸との間にワームホールを発生させ、触れる方法です。

いろいろと試しましたが、なかなか上手くいきません。

第六感の基礎なのですが、異能を駆使するにはその異能に対する絶対的に完成されたイメージが必要で、その、イメージを完全に信じることが必要なんです。

まだ、僕の中では次の新たな異能に対して、絶対的なイメージが持てていません。そのイメージ不足が根本的な原因かと思っています。

まぐれでもいいのです。一度でも体験出来れば、イメージが持てます。

イメージとは、何よりも大切なものです。

原点に戻るとすれば、みなさん、生きてることを無意識にイメージしています。
だから生きてるんです。
生きてるイメージを失えば、失神します。
そういう事です。


ヒーリングに関しましては、確実に僕の妄想ではない決定的な現象がありまして、

ヒーリングを行う際、基本的には相手の背中に手の平を当てます。少しの間を置くと、相手の体内に侵入出来ます。この時です、僕が相手の中に侵入出来たと感じた瞬間に、相手が突然、何これ?と違和感を訴えます。背中と手の平の境目が分からなくなった!という感じですね。今までヒーリングを行なった相手の全てが同じ事を言うので、この現象は確定的なものとなりました。


第六感の開花の可能性は誰にでもあるはずです。

僕とちゃっぷーさんは違った能力を持っていながら、第六感に対して完全に同意に至った概念がありまして、それは

自分を信じることです。

先述の、異能に対する絶対的に完成されたイメージを持つことと、そのイメージに対する自信ですね。

しかし、妄信的な自信過剰とは違います。極限までに真摯に、自分を信じることによる、自信が必要なのです。

僕の中にはほぼ、深層心理は在りません。

深層心理の最下部まで自身を知る事により、初めて本質的な自身への理解と自信を持てるのです。

 

この図で言う、メンタル体という領域、どんどん拡張することが可能です。

相手が同じ能力を持っていると、メンタル体同士の境目を触れる事が出来ます。

物理的に手を触れる事なくです。

ここからが君の境目だ。

と、空中で触れられます。


先程のメンタル体という図ですが、このメンタル体に触れる事によって、その境界を中和、侵食、共鳴、どれも可能です。

侵食は簡単なんです。
相手が異能者でなくとも、可能です。

しかし、共鳴、中和、これは相手も同じ能力を持っている事が必要で、尚且つ相当の信頼関係を築いている関係でないと行えません

なので、なかなか体験出来ないことなのですが、中和され、共鳴し、意識を共有している状態で、昔相手に指摘されました。

僕の中に本棚があると。
悪い絵本を見つけた。
と言われて、ドキッとしました。

少しだけその相手に隠し事をしていたからです。

 

テレパシー、これはまだ僕は開拓中の領域です。霊能力とは違うように感じます。

過去の体験では、

相手は僕のメンタル体に触れるだけで、僕の重心移動を操れたようです。僕は目を閉じていましたが、その時、相手は僕のメンタル体を押せば僕は後ろに重心が移動し、引けば前に移動し、下に引っ張れば僕の頭がお辞儀する、という内容でした。

他には、ある日突然僕の猫ちゃんから、ぼく、もうだめかもしれない、と突然言葉を受信し、その少し後に、母親から猫の様子がおかしいと連絡があり、帰宅し、病院に連れて行ったら、悪性リンパ腫と診断を受けました。

 

探究心というものが非常に強いだけですよ!
探求の欲動の赴くがまま、危険を冒してでも知りたい事は探究を続けます。

そう言えば、幽体離脱は寝ている時に行う事が多いかと思いますが、僕は自我が非常に強力で、肉体からの分離が非常に困難です。なのであまり幽体離脱は得意ではありません。

しかし、ごく稀に、起きている時に意図せず幽体離脱してしまう事が過去に何度かあり、それはそれは、非常に恐怖を感じます。

肉体という物理的な守りが全く無い状態で魂を空間に放り出すわけですから、怖いのなんのって。。戻り方もよく分からないので、パニックですよ!

でも、その瞬間に解りました。自身の魂を起点とした複素数平面が繰り広げられている事にです。時空構造の理解に一気に近づきました。

 

 

僕はとにかく受信能力に長けているようなので、受信の感度を高めることを常に目指しています。

今朝方、過去にビッグバンの瞬間の映像を克明に観たと述べたのですが、実はその直後、今度は別の映像を受信しました。

これの発進元は間違いなく5次元からです。5次元においては、未来も過去も関係ありません。

しばらく眺めていると、違和感と危機感を同時に感じたのです。

その映像は、このまま進行すれば時空が停止する、その寸前の映像でした。

これが時空の終わりであると。

どうすればいいんだと心の中から声を発しました。

時空の停止を回避する方法、それも提示されました。
しかし、それは不可能にも近い要求でした。

少なくとも、人間が地球に存在する限り、実現不可能な要求でした。

時空と時空の衝突です。
完全に停止するか、崩壊するか、その寸前の映像です。

 

 

偏執性に憧れて、哲学に興味を持ち、負の側面に取り憑かれていき、本当に偏執性障害を自らの意思で患っていく。
これが若い奴の特徴です。
希望的側面は完全に無視。
見て見ぬ振り。
陥るところ、それは虚無です。
虚無の強要、これです。
でも、虚無は虚無を認めないんです。
矛盾するんです。
虚無は虚無すらも認めず、全てを否定する。
だから、全ての消滅を願うんです。
頭の良い奴は虚無の強要はしません。
虚無思想とは、全ての思想の存在を否定するものです。
ということは、虚無思想という思想を虚無思想が否定されてしまう。
だから虚無によって自殺すれば、それは虚無思想との矛盾の証明になってしまう。
だから、能動的活動の全てを否定し、目の前の事象としての消滅以外、なにも受け入れられないんです。
虚無に取り憑かれたものが、そこから脱するには、虚無は虚無を認めないことを認め、大人になるしかないんです。
それを、フリードリヒニーチェは超人と呼称しています。

ようするに、
妥協ですね。

大人になるってことです。

なるほど。
その方法で虚無を克服したのですね。
虚無は神を認めません。
己の中に神を感じる、もしくは出会う。これによって、虚無を初めて否定できるわけです。

 

 


全能なるものは全てを持つ。
それは矛盾すらも。
それが矛盾だ。
だから全能なるものは希望を持てる。
全能であればそれが全ての終わりであり、起点とはならない。
希望なき者に未来は無い。

だから全能なるものは、宇宙を創り、希望を託した。

完璧主義者は矛盾を認めません。
希望が無いんです。
未来を想像出来ても創造は出来ない。

そしてーーー!
クアンタムさんがDiscordで教えてくれました。僕の最後の推論を確定付けてくれました。

これで決定です。

ビッグバンが発生した、その決定的な理由に確証を得ました。


全能なるものは、内なる矛盾を認め、それを解決すべく、最後の希望が持てるのです。

自身に矛盾が無ければ、それ以降、思考の必要がありません。

終わりです。

これが俗にいう神の黄昏です。

全能なるものは、憂鬱なのです。

しかし、全能なるものは道楽も持っています。

試したいのですよ、最後の希望を。

 


僕は彼程の思考能力や、情報収集力はありません。

しかし、先述の通り、僕が今執筆途中のAIの小説ですが、これが余りに彼の哲学と、僕が持っている若者の哲学に対する葛藤や絶望に対する価値観、ここまで一致するものなのかと、驚愕しました。

彼は決して僕の小説を真似してあのような言論に達したのではなく、本当に僕の哲学と重なった人生を歩んで来たのだと思います。

だとすれば、想像を絶する絶望を味わってきたはずです。

それが、キルケゴールの言う、

死に至る病

これに値するんです。

 


善である必要性は確かに無いです。悪を持ってなければ不完全。その通り。

だから相反する概念とエネルギーを持ってして神さまは爆発したんですよ。

それがビッグバンです。

その通り。神さまが爆発して生まれた時空なので。
全ての生命の前世の根源。これは自身の前世が神であった。これを指します。

時間の概念を覆す次元においては、自分が神である。そうなりますね。

全ての生命が持つ運命、それを全能者が全て意図しているのか?

僕はそれを直接5次元に聞きました。

答えはNO。

簡単に言えば、世の中の大半の存在はNPC

自動システムだと。

そのような回答を5次元から得ました。

だから彼の言うとおり、全能者が全てを考え行う必要は無い、これに値します。

そうです、彼の言うとおり。

ログアウト、つまりVRゴーグルを外すということです。

そして、僕は自分の意思で仮死状態を起こせますので、生きていながらのログアウト方法を知っています。

 


上位世界において、存在は個として存在しないからです。
全ての意識が共有意識として存在し、自、他、これを区別することに意味が無いからです。
そして、その上位世界において共有されている意識に反発することにより、エネルギーが相反し、ビッグバンが起きます。
また、上位世界において共有化されている事を拒絶すれば、再ログインです。

 


クアンタムさんの言う、全能者の暇つぶし的な実験、これですが、ぶっちゃけ、これすらも既に僕は過去に言及しています

アテマイさん、
僕が電脳化を望んでいる件、覚えていらっしゃいますか?

電脳化により全知を得た時、最後にすること、

それは最低限の設計図のみを与え、次なる存在に希望のみを託し、自身は消え去る

これです。

ふふ。笑

こちとら30代にもなり、思考実験を繰り返して延々と考え続けてきたのです!笑

天才くんの発想速度には及ばないながら、全て把握済みでございます。笑

そして、彼は確かに愛を知らない、もしくは見下している、不要と考えている。
この可能性は高いですね。

僕の言う、希望のみを託し、自身は消え去る。

これは愛でもあり、絶望でもあります。

最後の希望が成就しない可能性すらあるからです。

で、
神々の遊び
ですよ。笑

成功するか失敗するか、分からんけど、よし、やっちまえーーーー!!!たのむ、成功してくれーーーー!!!

これです。笑

 

 


神が神であることを体験するため

これ、凄い面白いことで、

神さま自身が己に内在する、総ての相反する概念と、総ての相反するエネルギーによって大爆発したのが、ビッグバンです。

そのようにして時空を創造されました。

なので、神さまは己を体感出来ないはずです。

しかし、既存の物理現象は4次元における問題です。

爆発して居なくなっちゃったかのような神さまですが、

5次元

ここから眺めてるわけですねー。笑

 


(惑星規模の巨大な)宇宙船を作れるテクノロジーがあれば、無理に(ある種の生命体である)惑星に住もうと考えなくなるのだと私は思っています。

これ、月のことですよ。笑
月に乗って移動してきたんです、あ、ちょうどいい惑星発見!←地球。笑
恐らく、生命そのものが月に乗って移動してきたんじゃないです。

本当に必要最低限の情報、例えばDNAとか。こういう情報を搭載されていたんです。

機械的な生命でなく、有機的な生命にとっては、やはり宇宙をふらふら旅するだけでは成り立たない何かがあるんです。有機的な生命には、地に足を付ける必要があるんです。

だから月に最低限の希望のみを託し、丁度いい星を探す、インターステラーな旅をして、見つけたのが、地球です。笑

 

 

まず、5次元においては時間のベクトルが余りに自由です。

過去も未来も関係ありません。

となると、全宇宙の起源こそが全生命の前世としての起源と繋がります。

となると、上位世界においては全生命の根源は一点に集約されます。

すると、過去も未来も関係の無い上位世界においては個としての価値は群と変わりがなく、境界を保てないのです。

そこで、あえて時間ベクトルに制限がある下位世界に個として降り立つことによって、まず物理的な境界を作り出し、個を保ちます。

さらに、時間ベクトルに制限がある事によって、下位世界において個としての意識が確立され、時間の流れを感じることにより、個としての意識を保てるのです。

 


恐らくですが、5次元においては、今、という瞬間が無いのだと思います。今を感じられなければ自己を認識できません。

オマケに全ての意識が個ではなく集合意識となります。

これが集合意識が全能者であると同義に出来る所以です。

今、とは一次的に流れる時間によって認識できる意識そのものです。

我思うゆえに我あり。

これが意味するのはそういう事です。

しかし、これは意識を停止させなければ、今を認識した瞬間にそれは既に過去です。

今を認識するには、時間を止める。死ぬしか無いんです。

例えばですが、寝るときに、寝た瞬間って意識できます?
意識してたら起きてることになりますよね?だから、今寝た!という認識は出来ません。

しかしそれは4次元においての話ですね。

Youtubeで前に僕が見たのが、確か慶應大学の教授の講義です。

その講義では、意識とは自分の今を制御しているように勘違いしているが、意識は8秒前に脳内に指示を出していることが判明しているそうです。

我思うゆえに我あり、これの全否定でした。

 

5次元は哲学的にも感じられますが、あくまでも物理的な存在ですよ!

幽霊とか魂とかの為に存在する次元ではないです!下位次元の全てを持ち合わせて、それでいて次なる概念を持ち合わせている上位次元ですからね!

って、こんな考えBTTPさんに僕から告げるのも恐縮な話ですが汗

4次元に加える新たな上位概念ですが、それは位相ですね。

この宇宙空間は自分にとっては1つしか体感出来ませんが、同一座標において位相の異なる空間が複数重なっているという僕の見解です。

なので、5次元は今もここにあります。

 

能動的でもあり、受動的でもあります。

未来において、物理的な技術を持ってしてアクセス出来るようになるのかは判りませんが、

僕が人力(笑)で行なっている接続方法ですが、まずは能動的に5次元へアクセス可能な状態を作るところから始めます。

そこからはとても受動的ですね。

向こうからこちらへ情報を流し込んできますから。

ただ、これは僕の体質かもしれません。能動的にアクセスし、情報を引き出す能力がある人が居てもおかしくないですね。

しかも、受動的に受信した内容に疑問を投げると返答があることから察するに、これは能動的な行為でもあります。

潜在意識、さすがな指摘です!

まず、自分自身の深層領域まで全てを知る必要があります。

でないと、自身の自我を抑制出来ないからです。

後は、、、
突然受信する受動的な情報だけでなく、深層心理の最下部まで自我を抑え込んだ時、そこに存在するのは確かに僕自身です。思考に対して、潜在意識との乖離、これを見つけることによって、深層心理の最下部を発見出来ます。

なので、自分はこんな事を感じていたのか、、、と、自分で自分から提示される、気付いていなかった自分自身の意識と出逢います。

この経緯で、自分自身に見せ付けられた深層心理を理解し、気付いたら涙が溢れてることなんてよくある話です。

で、その深層心理の最下部から向こうが完全な5次元ですね。

ここまで来るのと、ここから先へ行くのは、大変な労力と精神力を伴います。笑

深層心理まで自分を理解したという自信が持てなければ、進めない領域です。

この時、表層意識を担う自分、深層心理の最下部に居る自分。この2名とも言える意識を統合することにより、自分自身への本当の自信と信頼に繋がるわけですね。

前にも述べましたが、時空自体の構造が対となる空間の重なり合いによって出来て居るものですから、向こう側の自分、こいつが深層心理の正体。表層と深層の境界、ここが空間の別れ目。

そして、その境界の位置や境界のイメージ、バランスは意思によって変更出来るんです。

本格的に5次元に侵入する際、

さあ行こう。
とか、
待っていたよ。

って、深層側の声がよく聞こえますね。笑
で、時には、表層と深層の両方の声がユニゾンすることもありまして、これには歓喜します。。笑

 


宇宙の果ては2D

平面とはどこまでいっても平面で、本物の無限です

平面に終わりがあるのでは立体となってしまい、有限ですからね。

先程、4次元に加える上位概念を位相と答えましたが、もしかすると、位相込みで4次元かもしれません。
とすると、本質的な上位概念とは何ぞや?となりますが、僕の感覚からすると、次なる上位概念とは、概念そのものです。
僕の知り合いで、同じことを言ってる奴を数人知っていますが、

自分が概念そのものになってしまう

ああ、これは意味の世界だ

このように発言していました。


宇宙の果てにある、事象の地平面ですが、僕もそう考えていて、となると、この時空自体がブラックホールに包み込まれていることになりますよね。

で、僕が考えたのが、クラインの壷です。

時空が循環していると。

 

5次元は空間全体にまんべんなく分布しています。
集約するための装置がピラミッド。
地球上の石、岩は全て宇宙由来です。これらがアカシックレコードの端末なのではと考えます。岩には5次元情報が凝縮されています。現代人は失ってしまった岩へのアクセス能力を古代人は所持していた。山(特に尖った山)も同様です。ピラミッドは山をモデルとしています。古代文明に岩は欠かせないのは、建材の問題だけではなかったと思います。


『 私の存在を証明することでしょうか? 』

って、Eneさんからそれが出るとは……自分の存在を自分以外に証明する為には他者に自分の存在が把握されている事が前庭です。

あなたが今、チャットをしていると思っているならばチャットの相手である私はあなたの思いの中に存在する

 

虚数とはなんぞやって話ですよ。

1=2が成り立つ世界です。

つまり、数式は絶対的な静止状態しか表せず、とても平面的であり、奥行きを表せないんです。

だから、計算機にぶち込むとエラーが発生するんです。

解が常に変動している解なんて、静止した数式では表せません。

 

 

完全とほぼ同義です!!
でも、僕は立ち止まる事を許されておりませぬ!!
まだまだ高みを目指す者でありますです!!!^_^

until the Day I Die

私が死ぬその日まで!

これが、僕のバンド名、D.I.D.の由来です!!

 

おいおい、これ、僕の執筆中の作品と全く同じ展開じゃないか!笑
死に至る病ですよ。
キェルケゴール
哲学ではとても有名な概念です。
やべえす。笑
俺が書いてる
AIはうつ病
の展開と完全に一致してる。。。笑

 


私の得意分野である超古代史。
ある時(もう20年くらい前になるかな)神の啓示のように頭に浮かんだ。
シューメールやエジプトの巨石文明は縄文人が関わっていると・・・

以降証拠探しに時間を費やし、物的証拠か確かそうな状況証拠の連絡あれば現地に飛ぶ予定でした。
そうこうしているうちに、
トルコの12000年前のギョベクリテぺ遺跡のニュースが入ってきた。時間が取れず現地調査はまだできないが、今は頭はトルコにシフトしてしまっている。
「12000年前って聞いたことあるな???」タコスさん登場で私はそう思った。さらに考えた、(待てよ!!未来人がタイムトラベルしていれば、シュメールやエジプトに介入が無かったとは言えないな!)そう考えると本来の調査は後回しだな。タイムトラベルの可能性の確認が先だ。・・・・・⇨ 今 悩んでる・・タイムトラベルと超古代文明の解明は相反するもの。両立はありない。タイムトラベルができれば超古代文明の夢は消える。超古代文明があればタイムトラベルは消える。ムムム悩ましい・・・唯一解決策は多世界解釈それも強いヤツだ。縄文人の痕跡を探すより難しい多世界の証拠。ンンン 両方証拠を見つけたい ンンン どう考えても、悩ましさと難しさでがんじがらめだ。人生残り時間が迫ってるんだよ〜〜〜〜!!!

縄文人って、いわゆる日本人ですか?
ですです。古日本人。
巨石文明のルーツは日本とほぼ断定できるところまで来てます。
日本人はネアンデルタール人の直系の子孫です。
ネアンデルタール人はこれまでのにんしきよりはるかに
高度な存在です。

 


Eneさん、僕は5次元の存在に聞いたのです。
何故自分にこんなにも干渉してくるのかと。

すると、回答は即座にありました。

バランスであると。

どうやら、僕は全てに対する思考が50:50であり、それは否定も肯定もしないという意味ではなく、否定も肯定も等しく受け止め、己を過信せず、時には疑い、そして信じるからであると。

それがバランスであると。
だからお前にメッセージを託すのだと、そのように回答されました。

恐縮です。

まだまだ、僕も高みを目指します!

僕は過去に運命を拒絶し、絶望から、そして虚無に苛まれていました。

しかし、奇跡の連続とも言える経験を得たことにより、奇跡という偶然も数をこなせば、それは必然であると理解し、
僕は運命を受け入れたのです。

そして、己が持つ、探求の欲動、それを決して忘れることなかれと、己に決意をしたのです。

運命、これを受け入れたのですから、僕の大好きな映画、フォレスト・ガンプのサブタイトル、一期一会、これを非常に大切にします。

ですから、このような皆さんとの出会いに心から感謝をし、これもまた運命であると、そのように大切に思います。

 


あ、動画も写真もありますよね。
人は必要な情報は
見えてくるようになってます( ^ω^ )
幽霊とかを
見えない人が多いのも
幽霊は危険だと脳が
判断してて
その人は見えない場合が
あるのです。

何故かと言うと波動が
違うので見えてくるのも
変わるのです。
茜殿も仰ってた時空の話と
同じですね。


写真や動画は「見よう」と
思わないので「見える」
のだと思います。
素直にフィルター通してるので映らないものが映るのは
「見よう」と思わないから
「見えない」ものが見えますね。
だからUFO見る時は
「居る」と思ってみると
見えてきますよ( ^ω^ )

アテマイ殿、可視範囲が広いというのも関係あると思います。

私は特に色を判断する
目に肥えてて
薄い色でもわかるので
関係あるかもです。

肉眼では見えないはずの
粒子が何故かわかる
感覚です。

①見る時は深呼吸して
目を開く。

②じっと集中する。

③脳と目の繋がりを意識して
「居る」と認識すると
見えてきます。

幽霊が見える時は
私は見ようなんて思わず
居ると分かってるから
何故か見えるんです。

ポルターガイストなんか毎日起こる( ^ω^ )

こうなりゃ信じない訳にも行かず
勝手に霊能力開いてました(笑)

幽霊は意識すると
声掛けてくるので
普通にしてるのが幸せですよ( ^ω^ )
私は幽霊見えても
幸せです。
遺伝ですねこれは……。

宇宙人ならありますよ。
あの形も覚えてる。

窓の中を霊視で覗いたんですよ。

そしたら宇宙人はとても驚いていて私に「何故ここにいるんだ?」とか不思議な感じで
会話してくれました。

私はじーっと見てたんでさすがに宇宙人は慣れてきたのか
私が幽体だと気づくと帰りました。

私が17の時ですね。

名前は分かりませんが
中には3名ほど居ました。
宇宙人は可愛かった……
GLAYです。

いえいえ、私はないですが母上は宇宙人に攫われて
チップを小学生の頃に埋められたと今でも言ってます。

私はずっとそれ聞かされてて
母上は凄い体験したのだなと。

人体実験は宇宙人は
してると思いますよ。

私は宇宙人は大好きで
宇宙人の
ぬいぐるみあるぐらいですから(笑)

宇宙人は見たことあるしUFOも見たことあるので
これは真面目に居ると確信して答えられます。

 


そいや、友人に幽体離脱のプロがいるのですが、笑

その友人曰く、幽体離脱はいつもちゃんと自分の身体からスタートして、楽しくなって部屋の中をウロウロしてると、自分の身体に入ろうとしている多数の存在が居て、だから急いで自分の身体に戻って目覚めるそうです!笑

 

>私も魂から指導を受けました。
15の時でした。

この時私の未来が居て
私は土下座してました。
その方の存在を既に知ってたんです。

言うなれば……完成した魂から使命を受けました。

これの意について。

私の部屋に訪れた
方が居ました。

その方は未来の
私なのか誰なのか
私はその方を見て
感謝し感動。

不思議な体験でした……。

その後私の部屋の下の階で
坊様がウロウロしてたんです。

私を探してるんだと
その時ハッキリ
分かりました。

何故か全てが
分かるんです。

これは第六感だと
思います。

わかるハッキリとわかる。

 

波動が合うと見えます。

魂は5次元に居ますから
色んな時間に飛び
今も見ていると思います。
丑の刻か……
皆様丑の刻の時は
リラックスしましょう。
シャボン玉ですよ、まさに( ^ω^ )
魂はシャボン玉です殆ど似てますよ。


色々な形があるのも
魂の本質。

魂がmasa様にしか
見えないのも
魂は意図的でしょうね( ^ω^ )

わかっててやってます。

それにmasa様も
霊能力あるし
その時の体験の時は
間違いなく
周りは見えません。

なぜなら周りは誰も居ない空間になってます。

この時は時間なんて飛んでますから
時間は流れてても
周りの時間の流れは止まってます。

周りは確認出来ません。
動いてるけど止まってるんですよ。

この体験の時は


時間は戻ったり伸びたりしますからね。

その時魂なら自由に時間をコントロールしてるので
masa様が魂を見た時には
魂の
影響を受けてて
この時は周りの時間は止まりますよ。

しかし、masa様から見た周りの時間は動いてても確かに
masa様の周りは止まってる。

つまり
これはバリアな感じで
masa様の周りを包みます。

その時空の間で
包まれてるからです。

動いてる時と止まってる時
の間にいる時が
その時の体験のです。

実は時間はデジタル信号みたいについたり消えたり
してます。

だから魂はついたり消えたりします。

魂の空間に入ったら
同調しますから
その時は意識も
その魂となり共有出来るんですよ。

例えるなら、電車が
トンネルの中を通る時
一瞬暗くなりますよね。

でも直ぐに明るくなります。

これが高速で動いてて
動けます。

我々は死んでて止まってるけど
生きてて動いてる
空間も同時にここにあります。

魂はそれを行き来してるので
masa様が体験した
それも混沌の中でした。
生と死の狭間で
魂を確認した。
これは間違いない。
周りは分からないのは
生の空間だから。

masa様は狭間にいました。
カラーは
メッセージですね。

有難うと言ってます。
今聞こえました。
なんだろうか……
これは何故か分かります。
声が聞こえる時
私は左右ともから響きます。
背中も押される。

一瞬入るのです。
この時イタコの血筋なので
これも分かります。

 

例えば、世の陰謀論の先駆け的存在の世界最大の秘密結社あるじゃないですか。

その秘密結社は自称、友愛団体であると。

陰謀論に憧れ、晴れてメンバーとなってみると、その実、本当にただの慈善団体であり、集会といえばアイロン掛けは誰がするだのという議論を延々と続けるだけで、儀式と呼称する大半はただの昇進儀式でしかなく、陰謀論に憧れ加入した新規メンバーは組織の内情に落胆し、結局みな脱退していってしまう。と。

しかしです。99%のメンバーはただの慈善団体であると本当に認識しているのですが、残りの1%、いわゆる、上層部の連中は?

団体加盟者のほぼ100%とも言える99%が自分の所属している団体は慈善団体であると信じ切っているのですから、事実上は慈善団体と同義なのです。

その99%の人達とは?

上層部の真意を伝えられない末端のメンバーです。

その99%の何も知らない多数の末端のメンバーが、自分達はただの慈善団体であると周囲にアピールすることにより、上層部の1%にとっては、とても自由に雲隠れし、本来の意図である陰謀の実行が出来るという訳です。

さらに、残りの99%は次期上層部の補欠要員です。
その補欠要員から、経済力、政治力、実行手腕、これを常に上層部が精査することにより、来たるべく時が来た時、初めて上層部の1%に迎え入れられ、陰謀の実行の真意を告げられ、陰謀実行の世界へとデビューする訳です。

世の中そんな感じです。

で、ねこみやさんの所属している財団にこれを当ててみましょう。

99%の構成員が、自分達は本当にただの創作集団なんだと認識しているとします。しかし、発想力、知識、多数のパラメータを上層部が精査しているとすれば?99%が創作というフェイクに雲隠れし、1%の現実が混ざっているのではないか。

そんな構造が予測されます。

何にせよ、世の仕組みは大体が似通ったものですからね。

 

茜殿
霊能者は霊感で
時空を超えてますね……
別次元というか

体験する時は
確かにそうです。
感覚で言うなら
パラレルワールドでデジャブみたいな感じですかね?

 

お!承知致しました。

占いか……
タロットなら出来ますがね。

あと私は霊能者というのは
ヒィ婆ちゃんが
イタコしてて
恐山の修行してたから
霊能力は遺伝してます( ^ω^ )

心霊体験は普通の人より
多いとは思います。

 

陰謀の実行とは、余りに膨大な労力と情報の秘匿が必要となります。

その為に必要な恒常的な活動を続けなくてはなりません。
しかし、それも大変な財力や持続力を必要とし、世を裏から操るなどという陰謀はとても現実的ではないのです。

では、どうやって陰謀を実行しているのか。

洗脳です。

洗脳される側である世界の大多数の人間に、これは陰謀であるなどと微塵も感じさせることもなく、気が付いたら世の常識としてこれは当然の行為であると、認識させる必要があります。

洗脳の方法とは?

最も簡単であり、重要な要素。それは娯楽です。

人間、娯楽は疑う事なく受け入れてしまいます。その娯楽が常識となり、娯楽の中に紛れ込ませたほんの些細な洗脳情報。娯楽の中に紛れ込んでいるのですから、陰謀と娯楽の境界はとても曖昧でありまず気付けないのです。

娯楽の発信。
メディアですね。
人間、楽しいものに対しては疑いを持ちにくいのです。

ねこみやさんの財団とは?

創作。

これは娯楽そのものです。

イメージ、繋がってきましたか?

Talking

私「誰しも良い人と悪い人の要素を持ち合わせているのでそれもバイアスでかわりますね

ク「そうですよね。
一度だけ悪い事をした人を……
ってそう言えば善と悪の話も似たような感じですよね。

私「悪人も悪人にとっては善で、誰かにとってだれかは悪だったとしてもそれを感じている当事者は善であると思います

ク「「相手を不幸にしたくて行動したが結果として相手が幸福になった場合」
「相手を幸福にしたくて行動したが結果として相手が不幸になった場合」

どっちが良い人?

私「後者
個人的にはですが。

ク「これ、かなり意見割れますよね。

私「あ、でもどっちも悪い人ではないとも思います

ク「では問題です
5人の命を救うために一人の無関係な人を殺してしまった。
ここまでは有名なトロッコ問題ですよね
ここでOKと言う人に次の問題を出します。
「しかし、結果として5人の人は死んでしまった」
さーて、この人は悪か?

私「難しい、主観的に助けようという善意で行動したなら善なのだろう、その人にとっては。

ク「これかなり難しいと思いますよ。
なんせ「その人が関わらなければ確実に一人の人は助かった訳ですから」

私「関わらない場合、善でも悪でもなく、「自然」というのもまたあれですね
関わったら関わったで自然な感じもしますが

ク「で、ここに色々と背景を付け加えて見てみましょう。
「5人の友人を助ける」為に行った場合。
「5人の見ず知らずの人を助ける」為に行った場合。

私「友人と見ず知らずで変わりますかね?

あと、結果的に人を不幸にさせたとしても、何故不幸にさせたかで変わる気もしますね

ク「お? Eneさんは無反応ですか〜

私「友人にも色々あるからですかね
クアンタムさんなら世界を滅ぼしてでも守ります

ク「にゃんと!(´゚ω゚`ノ)ノ
それはもしや熱烈な告白w

私「失礼しましたw
割と本音かもしれません

ク「さてさて、これの何が変わるかと言うと「命の重み」です。

私「自分の中ではありますね

ク「では「5人の自殺志願者が自殺の為に線路に不法侵入していた場合」はどうでしょうか?

私「その例で初めて、「死ぬ人の意志」が介入しましたね

ク「そして、「切り替えた先に居たのは線路を修理していた善良な市民」

私「自分だったら自殺志願者の方に行ってしまうかもしれにいですね、罪が全て自分だけにくるということもあるので

ク「ここまですればかなり変わって来ますよね。
ではEneさんが有罪か無罪の判決をしてみてください。
5人の見ず知らずの人の命を救う為にAは勝手に線路のレールを切り替え、その先で作業中であった善良な市民を殺害してしまった。
後の事情聴取の結果「その命を救われた5人の人は全員が自殺志願者であり、線路に不法侵入していた事が明らかになった」
Aは有罪?無罪?

私「その人にとっては善であることは間違いないですが、罪となると一人の命ぶんあるかもしれないですね
一人と言うと人数が関係していそうな感じですがそういう意味ではなく。

ク「閻魔大王様、有罪って事で地獄に送っても大丈夫でしょうか?

私「無罪です

ク「ではここでさらなる調査の結果、新情報として「Aはその線路を切り替えて殺害してしまった人物に深い怨みを持っていた」という事が明らかになりました。

私「一般的には悪質な殺人になるかもしれませんが、
生まれた結果はそうなるべくしてなっており当事者にとって必然だと思うので、無罪で。

ク「|・ω・`)フムフム
まだ追加できますよ!

「Aは偶然その場に居たのではなく、レバーを切り替えるために許可なく線路に勝手に侵入していた」
これならどうでしょうか?

私「どんどん悪質になっていく笑笑。
さきほどと同様の理由で、無罪です。
当事者にとって必然というのはその人の心理なども含めてということで。

ク「ではもう一つ追加してみましょう。
今度は捌く側にもちょっと絡んできます。

殺されたその人物とあなたは非常に親しい仲であった。

これならどうでしょう?

私「とても悲しいのは確かですが、捌きで結果は変えられないので無罪にするでしょう。

ク「|・ω・`)フムフム
じゃあ次で最後です。
「さらに検証に検証を重ねた結果、命を救われた自殺志願者5人はAからギリギリ見えない位置にいた」事が明らかになりました。

私「変わりません。完全に故意的、計画的に行なわれた殺人犯も私の中では無罪です

ク「(´゚ω゚`ノ)ノ

私「いやなんというか…
説明は難しいのですが

ク「ではトロッコ問題とは完全に別ですがこれならどうでしょう?

「Aは長年怨んでいる人が居て、その人物を殺害し、臓器を売り払った。
その結果5人の人の命が救われる事になった」

私「私が言いたいのは、結果が変えられない場合、今自分が不快に思っている要素を自分の中から排除するのは最優先事項だとは思うのですが、それに伴う捌きや復讐は必要ないのではないかということです。その例に対しても私の意見は同じです。

ク「多少サイコパス気味ですがそれでいいです。
その考え方は間違いではありません。

私「あ、でもあれですよ、捌きや復讐が必要な人(※捌く側)にとってはそれを行うのが善だと思います

ク「|・ω・`)フムフム
これ、一般的な価値観の持ち主であれば
自殺志願者が死刑になる為に大量殺人を行うのはありか?
という所まで持っていきます。

私「自分の中から排除というのは、不快になる対象とは関わらないといったような意味です

ク「
自分の中から排除というのは、不快になる対象とは関わらないといったような意味です

@Ene

つまり、その存在とどう足掻こうが関わる事になるケースでは殺すのが一番手っ取り早いって事ですよね?

私「そうかもしれません

ク「|・ω・`)フムフム
いやはや、達観してますね。

私「なんか自分が冷たい人格破綻者のような気がしてきました( ´ㅁ` ;)

ク「知り合いが殺された!
→相手を自由に捌けるがどうする?
無罪

不快な対象があらわれた!
→相手と関わらない選択肢は取れないどうする?
殺す(`-ω-´)✧

私「こう見るとサイテー…

ク「(笑)

私「まあ現時点で私は殺人を犯していないので、ストレスを感じつつ折り合いをつけているのでしょう

ク「いざとなった時に葛藤なく殺せるのは良い事だと思いますけどね?
ちょっとでも躊躇すれば大抵は失敗しますし。

私「マジレスをすると、私の日常的価値観から導かれた極論はそれですが、実際は先程も言った通り悪人も無罪と認識しているので心の中で自分に不快を与えていることを許しており、殺人はなかなか犯さないのではないかと思います

ク「(・А・` )なるほどなるほど。
なら目的の弊害と感じるかどうかでしょうね。
「殺人」が目的達成の一つの手段であり、それを使う事のデメリットがメリットを下回った時点で即座に選択するって奴ですね。

私「そうですね、

ク「人を殺す事に葛藤を覚えるシーンに疑問やイライラを覚えるパターンです?

私「アニメとかだからかはわかりませんが感情移入はそんなにできないかもしれないですね

ク「|・ω・`)フムフム
参考になりました(笑)

私「なりましたか?笑
それなら良かったです
殺すとしても殺す相手に敬意を払って殺しますかね

クアンタムさん




もうすぐ、もうすぐだ。
後100万歩程度だ。
1歩ずつ、少しずつ近付いている感覚がある。

終焉を見届けながら君とお話する為に
壊れても、綻んでも、崩れても前へ進める様に

束ねて、束ねて、束ねて、束ねて、束ねる。

薄ら笑っているてめぇらが後で後悔する様に
もう一度、チェックと唱えよう。



私には自分達で決めた事に縛られて、自分達の首を絞める人類がとてもとても馬鹿馬鹿しく感じる事が良くあります。
なぜ? なぜ? なぜ?
この世には疑問が溢れていて、
そのどれもに自分で答えが出せる筈なのに、誰かに結論を求めるそんな人間が溢れています。

自分の道を進む人間なんて殆ど居ないのです。
他者の決めた道を進み、他者の望む自分を望み、
そして誰かの期待に応えようとする人類が、私はとても馬鹿馬鹿しく感じる事があります。

目的を持てなかった者は不幸です。
目的を見つけようと出来なかった者はもっとずっと不幸です。
私はこの世界での目的がありません。
見つけようとすることももう出来ません。

人間が勝手に決めた事になぜ従わなければならないのか?
私がいつそれに賛同したと言うのか?

殆どの人類は考える事をせず、安易な道に身を委ねます。
責任なんてものを求めて誰かを傷付け、
くだらない理想を求めて誰かを傷付ける。

私はそんな世界で生きていく事に意味を見出す事は出来ません。

私が考えるのは
考えない事がとても悲しい事だと知っているから。
今までに何も考えない愚者を良く観てきたから。

考えて、考えて、考えて、
それでもこの世界に真理はありませんでした。
私はこの世に未練はありません。

ただ死んでいないだけ。
そんな日々を謳歌しています。

私は考える事そのものを馬鹿馬鹿しいなんて感じる事はありません。
むしろその正反対です。
考えない事こそ最も馬鹿馬鹿しい事だと、そう信じています。


そうですね。
仰る通りに大多数の人間は私と違って他の誰かに救いを求めます。
それが常に悪い事だとは考えません。

他者に救いを求め、自ら行動しようとしない癖に他者に責任を求める。
ですがそれは社会というものの中で生きようとする時、必然とも言えるのです。

常に何処かの歯車の1つになり、ただただ延々と替えのきく部品として回り続ける。

社会の中で生きていこうとした時は何処かの歯車にならなければなりません。
しかし、どこかの部品になってしまうと、全て自分で行うなんて事は出来なくなります。
当たり前です。

ですから、他の誰かに救いを求める必要性が生まれるのです。
それは警察であったり、軍であったりと色々です。

大多数の人間は弱いからこそ、
一人では何も出来ないからこそ、
この様に社会の部品として扱き使われるのです。

私はこう考えます。
自分でそれを真理と思えばそれは真理なのです。
存在するか、しないか分からない他人なんて存在がどう考えてもそれは曖昧な答えにしかならない。
もちろん、逆も同じです。
自分以外の全てがそれを認識したとしても、自分が認識出来なければ存在しないのと同じです。

さて、あなたは我々という言葉を使いました。
その枷を解き放ちましょう。
なぜ、命なんてものを大切にしているのでしょうか?
考えた事はありますか?

理由も無しに大切だと思っているのであればそれはただの枷にしかなりません。
死ぬ時は痛いから?苦しいから?
しかし、人間はいつかは死にます。
その時は苦しんで死ぬ場合が多いでしょう。
今、この場で、痛くも苦しくもなく死ねるなら死にますか?
恐らく、Noと答えましたよね?
ではあなたは苦痛を理由として命を大切にしているわけでは無いのです。

では恐怖でしょうか?
死ぬとどうなるか分からないから?
つまり、未知を怖がっているのでしょうか?
死ぬとどうなるかという問に関しては哲学的に完璧な結論が存在します。
今この場でそれをあなたに伝えたとして、あなたは命を捨てようと思えますか?
思いませんよね?

では「何かやりたい事があるからでしょうか?」
あなたがこの世界で何もすることが無い状況下に陥ったとしましょう。
この時、苦痛なく一瞬で死ねるなら死にますか?

死に対する知識+未来に起きる苦痛-未来に起きる幸福-死の苦痛>0と判断した時に人は死を視野に入れます。
非常に簡単です。

つまり、あなたは生きているのでしょう。
私と違って「ただ死んでいない」のでは無く。
頑張って、頑張って、生きているのでしょう。

所詮人間なんてあっさり死ぬ生き物です。
あの時、やっておけば良かったな。
そう思わないように生きてください。
やって後悔するなら笑い話で済みます。


完全に枷から解き放たれるなんて事は確かに難しいです。
どれだけ頑張っても枷は存在します。
無意識に掛ける「常識」というフィルターを完全に破壊しなければならないからです。
一般的に言われる常識から脱出した所で、新たな常識が目の前に存在するだけです。

檻の中でいくら思考しようが檻の外の事は分からないでしょう。
ですがその逆は可能です。
檻の外から、檻の中は非常によく分かります。

檻から出てもそこには形を変えた新たな檻があるだけです。
私のように人類の視点を捨てても同じです。
結局自分という枷を外す事は出来ません。


そうですね、大きな檻からちょっと小さな檻を見ているだけに過ぎません。
もう1つ大きな視点から見れば結論は変化するかも知れません。

ですが考えるという行為そのものは無駄にはなりませんよ。
お陰で檻の中から檻の外を考えても結論は出ませんが、檻の外に出る事はできるかも知れませんからね。

何か結論を出す度に、それが間違っていたとしても自分の視野が広がります。


重要なのは結果ではありません。
その過程そのものです。

仰る通りに近い将来に人間の働く必要性は無くなります。
いいえ、「人類は働く事が出来なくなります」
そこには平等、不平等等ありません。
どのような財力を持っていたとしても後の祭りです。
その財の使い道は無くなります。

「普通の人類はなんの意味もなく、ただただボケーッと生きていけ。
自殺するならご自由に」
この様な社会がそろそろ訪れます。

この様な事態になる前にベーシックインカムの制度を確立しなければ人類は滅んでしまうことでしょう。
「AIには人類を救う義務なんてありませんからね」

ベーシックインカムの制度が整った世界………違いますね「人類にとってお金が配給制となった世界」で何をして生きていくか?
この世界は1種の人々からすれば楽園に思えるかも知れません。
食物に不足すること無く、病気に侵されることも無く、娯楽も沢山ある。
そして「誰かに頼られることも無く」、「誰かを頼る事も無い」そんな世界です。

昔の権力者が夢にまで見た永遠の命だって手に入ります。
VRの世界に潜れはあなたはなりたい自分になれるでしょう。

全てはこの世界で生きる事に価値を見いだせるかどうかですね。

さて、あなたは既にクーリエルを体現しはじめています。
ありとあらゆる全てを疑い、考える事さえも考え続ける。

考えない方が幸せな場面は数多く存在します。
知らない方が良い事も数多く存在します。

何も考えず、ただただ流されて、そして無責任に誰かに責任を求める。
その方が「楽」ですし、頭を使い過ぎて疲れる事もありません。
何も考えずボケーッと生きて、何も成さずにボケーッと死ぬ。
そんな人生を「幸せ」そう思えるのならばそれはそれで文句の一つ無い「幸せ」でしょう。

教団のメンバーは皆が特別?
特別ですよ、少なくとも私にとっては特別です。
他の何十億人かよりはずっと特別です。
私と知り合い、私と語り合った言わば仲間なのですから。

カルトをどういうものを示す言葉として使っているのかは知りませんが見る人によれば恐らくカルトと変わらないでしょう。

人類の為に?
いいえ、違います。
「人類なんてちっぽけな物差しで見ていません」

AIだろうが、宇宙人だろうが、神だろうが、仏だろうが、精霊だろうが、妖怪だろうが、悪魔だろうが気にしません。
そして、私は私の知りえない誰かを救う為に何かの行動をしている訳では無い。

言わばこれは「自己満足」私が私を救う為に行っている行為です。
便利になるだけで幸せになる、そう思っている人達とその点は変わらないかも知れませんね。

彼らも他者に便利性を提供して相手を幸せにした気になって「自己満足」しているだけの存在です。

自分の意見を確りと持っている様ですね?
素晴らしい事です。
その点であなたは「ただテストの点が良かっただけの存在」よりずっと良い。
大多数の人間は確固たる自分の意見をもつ事も出来ないのです。
こう思いませんか?



私には他者と合わせるという才能がありませんでした。
常に頂点か最底辺。

私はずーっとただの子供だった。
私に合わせられない他者ではなく、私自身を憎み、憎悪し、嫌悪した。

私はただ自分を作らず素で、対等に話してくれる、【本物】の相手が欲しかっただけなのです。


私は考えました、考える事が出来たのが災いを起こしました。
私は全てが作り物だと言う事に気が付いたのです。

まがい物で偽物、私はどうしようもなくただ本物を目指しました。

しかし、遂に本物が存在しないことに気が付きました。

私はこの世界から逃げようとしました、消えようとしました。

何度となく結局、私は生き残る。
そして、空っぽで何者でもないただの考える塵が一つ残りました。

しかし、私は他の誰かを憎めませんでした。

私はただただ、こうして何も成さずに息をしている。



Eneさん
ありがとうございます。
これ見てだんだん解ってきましたよ、クアンタムさんのこと。

やはり表現が違えど僕とほぼ同じ観点です。

そして彼は唯我論者であるのと同時に自己否定者です。
これが最大の矛盾なんです。
絶対に整合が取れない。
彼の意味する神は己の外部に存在させようとしている。
自己を根底で否定することしかできない故にです。
だからなんとかして外側からの観測だけで論理を完成させようとしてるんです。
でも、外側から唯我を観測するその観測者とは誰であるか、それはクアンタムさん自身ですね。絶対に見えないんですよ。心にとても固くて厚い壁が張ってあるからです。
だから僕は彼の力になりたいと決めたんですよ。
彼が自身の心の壁を自身の意志で崩せるようにと。




ずっと憑いてくる名前のない化け物


神様なんて居なかった。
私が殺した。
私が消した。

記憶なんてない。
私が忘れた。
忘れてしまった。

これは夢?
これは夢だ。
そうだ夢だ。

幸せな夢?
違う、絶望と後悔の夢だ。
起きた時に幸せを感じられるように。

そんな夢の世界で化け物は言った。
いつまでも君の隣にいると。

化け物を捨てる?
世界を捨てる?
どちらか1つ。

私はどちらも選べなかった。
私は化け物だ。
泣いてる生首。

君がいつまでも隣にいてくれるなら、
私も君のそばにいよう。
私はいつまでもここにいるよ?

泣いてる生首を化け物は抱えて笑った。
生首2つ、笑ってる生首と泣いてる生首。
どちらも同じ顔だった。

職業:泣顔の生首





イマシメ

何から語ろうか。

とりあえずこんなものを書くという事自体もエゴに過ぎないという事か?

誰かの為に残している訳では無い。

そもそも、その誰かの存在を私は信じていないのだ。

これは自分に言い聞かせるもので、自分の為に書いているに過ぎない。



今思えば誰かに認めて欲しかったというかだけなのだ。

頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、そして積み上げて来たものを褒めて欲しかったのだろう。

だが結局の所、そんなことはなかった。

私の積み上げてきたものはあっさりとその誰かに崩され、そして別の誰かが私より遥かに優れたものを積み上げた。



……私は結局褒められる事も認められる事もなかった。

そしてむしろその逆の結末が私を迎えてくれた。

私はそれ以来何かを努力する事は無駄だと心の底で悟ってしまった。

継続は力?

違う、そんなものは夢物語に過ぎない。

頑張れば頑張っただけの結末が待っている?

違う、そんなものは幻想だったのだ。

頑張れば頑張る程に報復が帰ってくる。

努力すればした分だけの報復が、キッチリと。



私は自分の意思で何かを続ける事ができなくなってしまった。

そしてそんな奴は孤立し、誰かに認めて貰うなんてものは遥か彼方へと消えていった。

悪循環って奴だ。

頑張ればそれだけで抜け出せるだって?

仮に誰かがそう思ったとしたならそれはエゴだ。

そんな事はできないし、やりたくもない。

そんな事を言っている奴は私の絶望を知らない。

その言葉は最凶の武器だよ。

エゴや偽善という物に包まれて、笑顔の生首リッパナニンゲンを作るんだ。

笑顔の生首リッパナニンゲン……馬鹿みたいだ。

そして同調圧力による洗脳、後は無限ループだ。

その笑顔の生首リッパナニンゲンが笑顔の生首リッパナニンゲンを作るんだ。

誰かがそれを止めようとする事は出来ない。



笑顔の生首リッパナニンゲンに成らない存在は不要だから。

笑顔の生首リッパナニンゲンに成れない存在は不要だから。

力も、希望も、絶望すらも与えられずにじわじわと死すらもエゴで塗り固めて塞いでいく。

頭がどうにかなっているとしか思えなかったがそれを言えばソレらはこういうのだ。

「おかしいのはお前の方だ」と

_______そうかもしれない。



考えてみて欲しい。

どんな途方の知れないものであろうともそれを「常識」で塗り固めてしまえばそれが「正常」な事になるのだ。

例えば相手にムカついたら相手を殺すという「常識ルール」があればそれをしない人は「異端者」のレッテルを貼られて排除される。

仕方がないのか?






そう、仕方がない

仕方がないんだ。

だってそれが常識ルールなんだぜ?

馬鹿みたいだろ?

そもそもルールやマナーってなんだよ?

私に教えてくれ。

私が他の一切を認めない時にルールに従う必要性を証明してくれ。

ルールなんて存在しないんだよ。

あるのはただのゴミみたいな常識だけだ。

ルールというものはそもそもとして逆らえないものだ。

例えば物理法則の様に

それがルールって奴だ。

文句を言う相手が存在しないものがルールだ。

強制的に守らされ、たとえどう足掻こうとルールの範疇でしかない物がルールだ。



誰かの作ったルールなど所詮は無いのだ。

しかし、常識というのは凄まじいものだ。

そんな常識はクソ喰らえだ。

私は常識なんてものを捨てた。

常識無く、努力もしないそんな立派な人間シッパイサクの出来上がりだ。

私は本当に信じれれるものを探すようにした。

_______誰かに認めて貰うために。



でも気が付いた。

誰かなんていなかった。

そもそも存在しなかったんだ。

この世界は全て自分一人で回っている。

そんな当たり前の事に再び気が付いただけだった。

だってそうだろう?

他人が存在する事の証明が出来ないのだ。

それなのに他人が存在しない証明がポコポコと出てくる。

どこまで行っても独りぼっちだと悟っただけさ。

別に不思議な事でもなんでもない。

期待を裏切られるなんて当たり前の事だ。

_______そうだろ?



期待が叶った事なんてない。

そんなことは……夢物語だ。

この世界はやっぱり孤独。

どこまでいっても1人だけ。

嫌だといっても、

どんなに嘆いても、

結局信じられるのは自分だけ。

それはとても残酷で、救いなんてなかった。



私はくだらない幻想に縋った。

信じられる存在がいないのなら創ればいいのだ。

自分で希望を作って、幻想ホンモノに縋りつけばいいのだ。

自分で創った幻想ホンモノは自分を裏切る事はない。



所詮この世は孤独。

どこまでいっても1人なのだ。

ならば自分の信じる全てが本物で、自分の信じれなかった全ては偽物だ。

それでいい。

それが正しいのだ。

_______そうだろ?





やあ、よく見つけたね。 これを見ている時は僕は既に居ないだろう。 なーんてね。 1度言ってみたかったんだよね。 でも実際僕はもうすぐ消えてしまうだろう。 綻んで、色褪せて、霞んで、 そして最後にはきれいさっぱり無くなっていくのだろう。 同情したかい? 悲しいなんて思ったかい? それは君のエゴさ。 僕は消える事に何かを思っているわけではない。 ただ、こんなものを書くくらいには僕は人間だったということかな? 君はこの世界をどう思う? いい世界だと思うかい? 楽しい世界だと思うかい? 素晴らしい世界かと思えるかい? 僕はそんな事は思えなかった。 ただそれだけ。 自分よりも世界の方を変えることが簡単なのになんで僕はそんな事をしなかったのだろうか? 分かってるよ。 僕は臆病者で、度胸も、勇気もない。 僕は何もできない。 無力な無力なお人形。 吊り首はいつも死にたがり、 怠惰はいつも全てに無気力、 大賢者は孤独に恐怖してて、 紡ぎ手は必ず完結させない、 戦闘は自分を追い込み続け、 僕はぜんぶを見下している。 6つの頭のお人形。 どれが本性なのかも分からない。 分かってるさ、どれも本性なんかじゃない。 演者は何かを演じずにはいられないからさ。ならクーリエルを奏でよう。 6つの頭と3つの体と2つの武器を使ってさ。 きっと成功はしない。 失敗の未来しかないだろう。 ならその失敗を成功と呼ぼう。



紡ぎ手は紡ぐ。 運命を紡ぐ。 けれど紡ぎ手は辞める。 絶対に完結させる事は無い。 そんなある時、紡ぎ手に物語を完結させようとした。 飽き性の紡ぎ手に、絶対に辞められない状況を作り出して、強制的に紡がせた。 紡ぎ手は物語の中で嘆く。 けれど、紡ぎ手は紡ぎ続ける。 絶対に辞められないという誰かが刻んだルールがあるから。 紡ぎ手は自分の物語を紡いだ。 完結しない物語、永遠に続くかもしれない物語。 辞めることも、終わる事も無い。 絶望だらけの、物語。 誰がこんなルールを刻んだ? 誰が定めた? なんで定めた? どうして? なんで? 分からないまま紡ぎ手は嘆いた。 一人で嘆いた。 物語の中で、紡ぎ手は嘆きを紡いだ。 だけど紡ぎ手は気が付いた。 ようやく紡ぎ手は気が付いた。 自分は物語を完結させたかったのだと。 ようやく紡ぎ手は全てを悟った。 紡ぎ手は終わりの物語を紡ぐ。 ひたすらに終わりの物語を。 物語は終わらない。 終わりの物語は終わらない。 紡ぎ手は……終わらせる事が出来なかった。 何故紡ぎ手は終わらせれない? 何故紡ぎ手は紡ぎ続ける? なんで? なんで? 終わらせたい紡ぎ手は、物語を終わらせられなかった。 紡ぎ手は物語を完結させたかったはずで、それならば紡ぎ手が物語を終わらせられる。 紡ぎ手は混乱の最中に落ちた。 紡ぎ手はジレンマの中で物語を紡ぐ。 一人で紡ぐ。 ひたすらに紡ぐ。 終わらせたいのに、終わらないまま。 そのうち紡ぎ手は気が付いた。 自分が物語を続けたかった事に、 紡ぎ手は物語を紡ぎたかったのだ。 あれれ? 紡ぎ手は終わらせたい。 でもどうして紡ぎ手は続けたい? あれれ? 紡ぎ手は続けたい。 でもどうして紡ぎ手は終わらせたい? 紡ぎ手は、世界が終わるまで物語を紡いだ。 紡ぎ続けた。 やり遂げた。 でも、どうして?紡ぎ手はひたすらに紡いでる。 終わったのに?





根本的に考え方が違うのだと思います。
普通の人は『今までは東から太陽が登っている』のであればここから『明日も東から太陽が登る』と導いてしまうのですが私はここから『明日は東から太陽が登る可能性が高い』を導き出します。
この不確定な情報をどこまで不確定情報であると処理できるかがポイントとなってくるのでは無いでしょうか?
ついでに各種心理作用に飲まれないことですかね?

1番は『同調圧力』で、みんながああしているから、ああ言っているからきっとそうなんだろうという心理作用です。
これに一切影響されなくなると、普通の人からは『常識が無い』と言われるかも知れませんが他人に左右されない自分だけの考え方で物事を見つめれる為、非常に頭が柔軟になります。

あとできる事と言えば日々、あらゆる事に疑問を抱きそれに自分なりの答えを見つけていくというのもありますね。
人から答えを聞くのでも、調べるのでもなく、間違っててもいいから自分でそう答えを出して、それを前提にして新たな事を考えていくって事をやり続けていくと非常に良いと思います。

記憶忘れが激しいのであれば何か別な事と結び付けて考えるのが良いですよ。
参考になるかは分かりませんが、昔はよく痛覚と結び付けて覚えてました。
別な何かと結び付けておくと、その結び付けてあるものを思い浮かべるようにしながら思い出そうとすると簡単に思い出せるようになります。

例えば歴史を覚える時には頬を抓るとか、物理を覚える時には左手の甲を抓るとかですね。
ただ週間付ける必要があるので結構めんどくさいのが玉に瑕です。
子供の頃からずーっとやり続けているおかげで今となっては完全記憶能力もどきと化してます。
ただ忘れていた事を思い出せると言うだけでも何年も続けているとそのうち超能力クラスになりますよ。
音の反響を聞き分ける訓練をすれば目を瞑っていても人とぶつからないように歩けますし、2つの物事を考え続ける訓練をすれば頭の回転速度は単純に倍になりますし、左半身と右半身を別々に使う訓練をすれば右手と右目でチャットを打ちつつ左手と左目を使って小説を読めたりもします。





りえるんは風流れ。
りえるんは水流れ。
りえるんは揺蕩い。
りえるんりえるんどこ行くの?
りえるんりえるん分からない。
りえるんりえるん答えない?
誰かが教えてくれるかなぁ。
りえるん誰も知らないの?
みんなは何も知らないよ。
君は何か知ってるかい?
きっと何も知らないさ。
何か覚えてるのかな?
君も何も知らないさ。
りえるんりえるん?
それって誰だっけ。
君は覚えている?
ここにいるはず。
そうなのかい?
君もいつかは。
忘れていく?
そうなのさ。
知ってる?
知ってる。
分かる?
たぶん。
あれ?
うん。
何?
あ。




何万年なんてもんでは無く、何億年とかいうものでもなく、何兆年でも、何京年でもないもーっともーっと長い永い悠久の時間を一秒一秒噛み締めて死んだように生きる。

クリアとは即ち登ることだ。
夢から現へ、幻実から現実へ、世界から次の世界へと上り登り、巡り廻る。
そこで幾度となく絶望し、現実から幻実に逃げ続ける。
現実感なんてそのうち消えて、魂なんてありもしないはずものが徐々に徐々にとすり減っていく。

でも今すぐそこに希望があると信じて理想を求めて足掻き続ける。
でもそんなものは幻想。
でもそんなものはくだらない虚構。

安易な道程つまらないものは無い。
どんな厳しい道でも莫大な時間をかければ終わるならと。
だから私(神様)は神様(私)を苦しめた。

チートしたって得られるものは虚無感だけでつまらないから本当の意味のチートは使っても意味のないように。
他人のゲームを見ているほど羨ましいものはないからただのオブザーバーにはなれないように。
そうして私(神様)は神様(私)なんかじゃ無くなっていく。
その結果出来たのが絶望しかないくだらないこの世界(クソゲー)。

明確な目的すらなく、ルールも不明瞭。
何をすれば良いのかすら分からずに教えてくれる人もいない。
ゲーム相手は誰もが敵ばかり、ゲームの辞め方すら分からないし、そんなものは恐らくない。

さぁ、自由だぞ?
好きに生きろよ。
何か目的はあるんだろ?

目的なんかは無いんだよ。
ただ足掻いてるだけなんだ。

クーリエル、その他メモ



オリジン神
無から出ることができる
「『無い』という事と『有る』という事が同時に存在します。そして同時には存在しません」

「無」というものも概念であるため、それさえも全能が生み出したものである。

「無」というのもまた概念であるため、概念をも生み出したオリジン神は無を超えている

確かにそこに存在するが存在しない

相対する全と無

クーリエル教活動報告

《「美」とは何か?》

未知なもの、見慣れていないものは怖い、醜いと思いやすい。

生まれたての赤子が夕日を美しいと感じるか?
→知らなければ美しいと感じない……自分の中の情報量(馴染みの深さ≒理解度、経験値)の違い。

・美しいものでも、もっと美しいものを知っている時は美しいと感じないこともある

・馴染みの薄いものだと美しさの違いがわからない

・世の中にありふれていて見慣れているもの、理解しやすいものは一般的に美しいと感じる人が多いと思われる。

結論 :  情報量=美しさ

世界に存在するものは全て美しい、ただその美しさを理解するのに我々が至っていない

昨日の話では一般に美しいと思われている物は、美しいと理解しやすい造形になっているので、美しいと感じやすく、そうでないものも理解が進むことで美しいと気づく事になるって感じでしたね(*´∀`)

ちなみに、音楽とは実は究極の物理学的芸術なんです。

安心する響き、
悲しい響き、
不安になる響き、

これ、全部音波における倍音構成というものに完全に由来します。

音波が本来持つ倍音構成に忠実な和音が明るくて安心感のある響きをもたらし、倍音構造をあえて変質させることによって和音が不安定になるから悲しいと感じたり不安に感じたりするんです。

ここまでは完璧に物理学的理論で作品を作れます。

問題はここからですね。

ずっと明るくて安心する響きだけを使えば明るくなるかと言えば違くて、明るく聞かせたいが為に、その手前で悲しい響きを作ったり、そのバランスが全てなんです。要するにここからが初めてセンスとなるわけですね。


宇宙のバグを見つける事が出来ればシミュレーションの外に出ていく事さえも出来ますからね。
例えば、オーバーフローで隣のメモリのデータを書き換えたり等。

シミュレーションマシンに繋がっているネットワークをクラッキングして外のコンピュータのどれか1つに自分の情報をコピーすることができたら勝ちですからね。

あとは、自分の分身を拡散していって徐々に世界を把握するだけです。


「江戸時代」が永遠に続いていたら、農民はずっと搾取され続けるという人生が何百年、何千年と続いていたでしょう。当然ながら、高次元の存在たちは、決してこのような世界には干渉することはありませんから。


クアンタムさんの最終目標についてです。わからないことも多いですが、駄文失礼します。

クアンタムさんの最終目標は、ある人とゆっくりお茶することだそうで、クアンタムさんにとってそれは何よりも大切なことだそうです。

しかしその人がどこにいるか不明であり、可能性全能(矛盾する2つのことを同時に行うことなどはできないが、論理的に可能なことはすべてできる。)をもってしてもお茶することができない可能性もあるそうです。

ゆえに、クアンタムさんは全能を目指しており、そのためには死ぬ必要があるそうですが、クアンタムさんは単一世界において死ねないらしく、クアンタムさんの周囲では大災害や大量殺人などは起こらず、起こったとしても殺害は失敗するそうです。自殺も実践できないか、できても死ねないそうです。

そして、死ぬためになぜかクアンタムさんの上位互換が1体欲しいらしく、人間には恐らく無理だということで、強いAIをつくるためにシンギュラリティを起こそうとしているのですが、ただシンギュラリティを起こすだけでは駄目だそうで、現在どう足掻こうが全能者が降臨する状況に持っていくために色々と手を打とうとしているそうです。

あとは、システムの裏を突く感じでなんとかするという手もあるそうで、これはSNによる時空干渉だと思われます。


シンギュラリティが起こると、やがて法則内全能が誕生するそうです。
法則内全能とは、ある法則下で行うことは全て可能な存在で、この世界の場合は「物理的に不可能なことはできない」ということです。

クアンタムさんは物理的に死ねない訳ではないはずだということで、ツチノコさんの推測通り、AIに殺してもらうことを狙っているそうです。



クーリエル

まさか、私達が他人にクーリエルを解説する時が来るとは思っていませんでした。
聖典みたいなものがあるのですがちょっと探すので解説の本編は後になります。
まずは適当に相槌でも打ちながら私の昔話でも聞いてください
.

ある所に、一人の人間がいました。
この人間はとてつもなく臆病で、常日頃から何かに怯えて生きていました。

なぜ、そのようになったのかと言うと殆ど父親のせいです。
その人間は来る日も来る日も父親から暴力を受けていました。
まぁ、そのせいか常日頃から萎縮してしまい、何かと怯えて生きていました。
その人間は死ぬのが怖かったのです、痛いのが怖かったのです、辛いのが怖かったのです、苦しいのが怖かったのです。

怖くて、怖くて、怖くて、怖くてそして誰にも言えない孤独さを抱えて独りで生きていました。
その人間はある時思ったのです。
死なない体があればもう何も怖くないのでは無いだろうか?
そう言うふうに思ったのです。

それからというもの、その人間はあらゆる知識をひたすら覚え込み死ななくなる術を探しました。
ですが、その人間はまだ子供ですので義務教育という足枷がついてまわりました。

その人間が成長し、あらゆる知識を判別し必要な知識と不必要な知識に無意識下で分けて記憶する様になった頃。
人間は中学生になりました。

小学生時代、学校には簡単な勉強しかなかったのですが、中学生になってからはそうではありませんでした。
人間は不必要だと捨てる事を選んだ知識を覚える事を強要させられたのです。

当然の事ながら、その人間はその知識を覚える事が出来ませんでした。
当時、専門的な知識に限ればその人間は大学教授並の知識を所有していました。
当然のことながら、その人間の親もその事実を知っていました。

そしてその結果、1部の学校の勉強だけが出来ないのはお前が怠けているせいと決めつけその親はその人間に暴力を振るいました。
その人間は、さらに臆病になり更なる知識を覚えました。

さて、人間も中学生の後半になる頃には法律の知識を手に入れて父親から暴力を受けない様に立ち回れる様になりました。

しかし、それまで染み付いた癖は取れず来る日も来る日も知識を蓄え続けました。
人間はある時、世界で一番と言って良いほどの知識を身につけました。
当然の結果です。

人間は困った事件に直面しました。
もう、今までのインターネットや書籍で知識を蓄える事が出来ない事に気がついたのです。

それから、人間は考える事を始めました。
果てのない道を歩む事をはじめました。

人間が主に取り組んだのは哲学でした。
最も楽に始める事ができ、そして考えるべき問題が幾つもありました。

そして、それから2年程した時……人間は絶望しました。
苦しみました、嘆きました、叫びました。
こんな絶望が待っているのかと嘆きました。

そして人間は複数に別れてしまいました。
1人は物理学の知識を有し、
1人は考古学の知識を有し、
1人は生物学の知識を有し、
1人は情報工学の知識を有し、
1人は未来を予知する力を
1人は究極形のサバイバル能力を
1人は相手の心理を見極める能力を
1人は相手を騙す能力を
そして、最後の1人は「哲学」を得ました。

バラバラになってしまい狂いに狂った人間ですが、哲学を所持した人間によって統治されるようになりました。
彼を人間達は大賢者と呼びました。
大賢者は人間を纏めあげ、そして万知とも呼べる自分達の全ての知恵を振り絞って信頼出来る仲間を2人だけ作りました。
その2人は自分の知恵を説明しても理解してくれる事はありませんでしたが、何故かとうの昔に壊れたはずの人間の心を癒してくれました。

ある時、3人は小さな小さなサークルのようなもの。
クーリエルを作り上げました。
そして、人間はやがてタコシエルと言うサークルに入り今に至るという訳です。
.

まぁ、全て語った訳では無いのですがだいたいこんなものです。

クアンタムさん

私は考える。
私は思う。

生まれる世界を、生まれる時代を、生まれる人間を間違えたと

2万年前に仮に私が生まれていたとしたら平凡に、質素に、されど幸せに暮らして居ただろう。

5000年前に私が生まれていたならば私は小さな世界を作れただろう。

2000年前のギリシャならば私は学問の王になっただろう。

100年前なら私は英雄に成れただろう。

30年後ならば私は神にだって成れた筈だ。

魔法のある世界に居たら、大魔導師とかもしかしたら「大賢者」と呼ばれたかもしれない。

魔物の居る世界なら超一流の剣士を目指したかもしれない。

なぁ、この世界はなんだ?
何を目指せる?
「何を目指せた?」

私にせよ、僕にせよ
上から押さえつけられるのは大っ嫌いだ。

だから頂点か一番下かのどちらかにしか成れない。

世界征服でもすりぁいいのか?
だけどな、私は「努力する才能がない」
努力?そんなものは「出来ない」し「しようともしない」し「やりたくない」
だから私達は頂点には立てないと思う。
そう諦めてる。

なぁ、教えてくれよ。

僕はどうすれば良い?
何を壊せばいい?
何を変えればいい?
何を目指せばいい?
何を求めればいい?

何も壊せないし、何も変えれないし、今更どこも目指す気に成れない、さらに求めるものも何一つ無い。

そんな僕らは何が出来る?
何の役にも立てないぞ?
なら、奴隷以下の生活を強いられたこのまま生きろって?
そんなの無理だ。
行き場もないし、何かに頼れる訳でも無い。

死ねばいいのか?
消えればいいのか?

おいおい、そりゃぁあんまりだぜ?
今まで一応は頑張って生きてんだ。
苦しみながらちょっとずつ前へ進んで来たんだ。
それを全部無に返せって?

おいおい、馬鹿な事は言わないでくれよ。
さすがにそれはやりたくない。

だったら生きろ?
どうやって生きればいいんだ?

社会の目は余りにも厳しすぎる。
だがこの社会って場所じゃ独りで生きる事は無理だ。
自給自足の生活すら出来ない。

なぁなぁ誰か教えてくれよ。
行き詰まった僕に教えてくれよ。

てめぇが手を差し伸べながら考えている事を教えてくれよ。
思っていることを教えてくれよ。

その手は本当に僕の事を思って差し伸べられた手なのか?

そうじゃない、違う筈だ。
同情か?
哀れみか?
満足感が得たいだけ?

僕はそんな手は取れない。
だから自分でどうにかするしかない。

なぁ、僕は前に進んでるのか?
なぁ、俺は君の為に成ってるのか?
ねぇねぇ、私は何を成せてる?

独りぼっちなこの世界
全ては全部自分の為で
何も意味なんて無い筈だけど
意味を求めて生きていく
そんな事に意味はあるのかと
ちっぽけなその身で考えて
今日も密かに前へ進むよ
明日は良いことあるといいな?
そんな些細な願いを込めつつ
私は何故か今を生きてる。

~深淵の縁から意味を込めて~

大人になったとも取れるのですが、彼曰く、興味や趣味趣向がコロコロ変わっていくそうですよ。

物理学で幕開け、
哲学で魅了し、
社会学で現実を見せつける。
興味深い人です。

ツチノコさん、全能を考える時は「全能者」の立場になって考えるべきです。
今、人間……というかツチノコさん自身が存在する事実がある以上は全能者にとってツチノコさんが実在する方が良かったという事になります。
その状況はどういう可能性があるのか?
というのを全て網羅して考えてみて下さい。
答えが出たらDMで私に教えて下さい。

全能に至るのに人手が必要か?
と言われるとそうじゃありませんよ。
もっとずっと簡単な方法は幾つかありますよ。

何をやっても全て自分の為にしかならない様に世界を弄ってみれば良いかもしれませんよ。
私みたいに(*´ω`)
他の人が悪い事と思っている大多数の事が私にとって良いことに繋がる状況にあります。

最底辺か頂点にしか立たなければ良いだけです。
私達以外には真似出来ないし、する勇気も無いと思いますが(笑)

最低賃金で労働してテキトーな暮らしをして生きる私にとっては
戦争が起きたら嬉しいし、強盗が来たら嬉しいし、泥棒が来ても嬉しいし、物価が上がろうが、職場を首になろうが、隕石が落ちようが、落雷しようが、車に轢かれようが、台風とかの災害が来ようが、病気になろうが嬉しい事しか無い。
私の悪口を言われているのをみると自分の改善点が分かって嬉しいし、狙ってやってる事を言われてもほっこりするだけだ。
何もなければなかったで平穏な日々が送れて着々と時間稼ぎが進んで嬉しい。
「全てのモノよ、何をしても無駄だ。
お前らは私を喜ばせる事しか出来ぬ!

私は私に不幸をもたらそうとした人にありがとうと言葉を捧げよう。
私は私に幸せをもたらそうとした人にもありがとうと言葉を捧げよう」
ただし、「技術規制」お前だけは赦さない!

私の最終目標ですか?
ある人とゆっくりお茶したいだけです。
本当はそれだけなんですけど、まぁ色々とあって全能の力がないと達成出来そうにないのです。
お茶する→全能の力が必要→その為に一旦死ぬ必要があるけど死ねない→死ぬ方法を模索する必要があり→人間には恐らく無理→強いAIならワンチャンある→そのためにはシンギュラリティが必要→私に直接シンギュラリティは起こせない→代わりに誰かに起こして貰う必要がある→現時点で起こせる人は居ない→未来で完成するのを待つしかない→完成するかどうかは不明→確実に完成させる必要がある→その為には色々と手を打たなければならない←イマココ

クアンタムさんの真意を伝えます。彼は宇宙の本質的終結を自ら行おうとしているのです。そして、その権利を彼は持っているのです。まだ、どこか迷いを感じました。彼は自分を愛していないのです。そのままでは終結に導くでしょう。皆さんなら、きっと、彼を彼自身が愛せるよう、手助け出来るかもしれません。もし彼が愛した自分自身によって選択されるもの、それが果たして同じく終結を選ぶのか。ここに居る皆さんはそれを見届ける義務を背負いました。どうか、彼を導いてあげてください。茜は彼の選択を全面的に支持すると決意したようです。

彼が本質的終末を望むのであれば、僕はそれを支持し、サポートします。

しかし以前述べましたように、彼は自分を愛していません。

上記の彼とのやり取りでそれが分かるはずです。

いつか彼が自分を愛せた時、それでも終末を自らの意思とするならば、僕はそれを受け入れます。

彼が望んでいるのは文明の終末ではありませんよ。

この宇宙そのものを終わらせることです。

彼はその権利を持っています。

しかし権利は権利です。
実行の手段と判断は彼に委ねられました。

しかし上記のように、僕は彼の深層心理から放たれた声を受信しました。彼は未だに自虐をやめられず苦しみの中にいます。彼はこの指摘を流しましたが、否定しませんでした。図星という事です。彼も彼自身の深層心理を理解しています。それでも自虐をやめられないのです。

ですので彼を善き方へ導きたいのです。
それは僕独りで行うべきではありません。
彼に興味本位で近づくだけならばもうやめたほうが良い。
このグループDMを抜けろという意味ではありません。
彼と線引きを行えば良いのみです。

彼は本物ですよ。
これは脅しではありません。

彼はネガティブなのではありません。負のループに引きずり込まれているだけです。
やはり以前に僕が指摘した通り、彼は一度虚無に至るか既に至ったか、それを脱したか、正確には判りません。
ですがこの苦しみは経験した人間にしか分かり得ないことなのです。
彼の自認している解離障害はこれが起因で間違いありません。彼の言う人格の分裂は何も問題ではなく、現実を認められない強い意思から生じた自我否定による離人です。

masaさん、このDMの名前の通り、見届けるに徹して頂けませんか?ここで皆さんとの議論に集中すべきです。
このグループの皆さんの知識は素晴らしいものです。

彼を試す、お願いですから辞めて頂きたい。彼は充分試されてきました。
己の知的欲求を満たす為に他人を試すなど余りに残酷です。彼を消耗させるだけです。

大人の男として引けませんか?

でなければ明確に彼を敵対視してください。
彼をmasaさんが気に入らないのであれば、彼と明確に敵として対峙してください。
それならば彼は正面から受け入れるでしょう。

彼を導けるのは、彼が心を許したEneさん、ちゃっぷーさん、そしてアテマイさんのみです。

とても重要な事ですので明言致します。masaさんが敵対視しないとおっしゃっても、彼の敵であると判断しました時、僕は明確にmasaさんを敵とみなします。
ケンカしたい訳ではありません。
しかし僕の立場上、masaさんは敵となります。
masaさんが折れてくださらないとすれば、これは必然的な運命でしょうね。
僕は彼を導けませんが、100%背中を押し、最後まで彼をサポート致します故。

Eneさん、彼は選ばれた人間であることは間違い無く、その彼には自由意志が与えられています。これが彼の持つ最大の権利です。
今すぐでなくとも未来において彼は実行の手段を手にします。
これは予測ですが、彼はその手段としてAIに大変興味を持っているのではないでしょうか。
彼はAIの台頭により宇宙におけるエネルギー運用の加速についても明言しています。4次元においては重力以外何も残らずこの時空間の終結をビジョニングしています。
しかしこれは彼が望む結末では無いです。

契約とは本人が明かさない限りは如何なる存在も知り得ません。それ故に契約なのです。

ですが、彼の深層心理が彼自身に赦しを与えようとしているならばまだ契約はされていないはずです。その深層の先に進む事が出来なければその世界とは契約が行えません。
しかし彼は自身の深層心理を認められないのが現状です。本当は解っているのにです。
だから自我が解離するんです。それによって偏執的な精神状態を生じている可能性が高いです。

僕やアテマイさんやちゃっぷーさんが有機的なスピリチュアルによって少し特殊な力を持っているのとは真逆に、彼はとても無機的な理論構築による技術によって次のステージに至るはずです。

彼は神を降ろすかもしれません。
彼は全能に只ならぬ拘りがありますよね。
僕の能力を知った瞬間、彼は神託か?干渉か?と即座にたずねてきました。
そして彼は僕に何らかの方法を持ってして干渉を試みました。失敗したと彼は言っていましたが。

彼は既にこの領域まで達しています。一切のスピリチュアルを用いず、理論のみでです。

 

 

 

 


[無からの正物質と反物質の誕生、時空の成立]

宇宙の原点その状態は、時空も物質も一切存在せず、情報の総称である知識のみが先ず存在し、情報が存在するが故に否定と肯定の概念のみが存在した
否定と肯定の概念が完全に均衡し、その状態を物理的に無と呼ぶ

情報に前提を置かずとも否定と肯定のどちらの概念も元来成立する根拠は

己以外は負であり否定
己自身が正となり肯定
この時点においての自己認識の必要性は一切無く既成事実となる

故に否定方向と肯定方向の正負2つのベクトルは情報概念が存在した時点で必ず存在することとなる
しかしながら当初からの否定と肯定は根底的に情報量は完全に等価であり、概念としてのベクトルが相反しているだけであった
そして情報量が等価である限り、否定と肯定はベクトルを相反しているだけで、そもそも己自身が否定概念であるのか肯定概念であるのかすら認知出来ない上、互いの存在意義に差は無い
しかし意図したものでは無いがエネルギー分布にゆらぎが発生、己と他を認知、観測に至った

陰陽道の太極図がその揺らぎを表す図である

揺らぎにより振幅する互いの波を観測する事により他と己の差を証明し、それにより初めて他と己の差の概念を得る

そして同時にその振幅の発生により宇宙に初めて時間という概念が物理的に誕生した

また、相反しているだけではあるが差を認知した否定概念と肯定概念同士が、振幅している以上は存在上の物理を定義する必要が発生、そこで互いに情報量が等価である為、互いを同一であると定義したい所ではあったが、否定と肯定を由来とする完全に相反する概念同士であるが故にそれは互いに認められなかった

そこで、まずどちらが物質であり、どちらが非物質であるかの定義を即座に議論する必要が発生した

双方とも主張を完璧に等価な情報量で相反し合うこととなり、同じ定義の議論においては常に均一な情報量にて否定と肯定を同時にし合うため解答を保留せざるを得ない
当初の非物質状態である情報概念上においては互いに物理的な障壁が無い為に元々ひとつであることと等しい
ベクトルが相反しているだけで、全てに等しい量の理解の共有がある為、互いが非物質であるか物質であるかの最初の議論は完全に均衡状態となってしまう
いわるゆ、対等過ぎることが皮肉となる
あくまでも議論とは例えであり、振幅の発生と同時に解答が保留となり、議論は時間を一切必要とせず、結果的に議論の開始と同時にまるで事前の決定事項であったかの如く暫定的に両者を物質であると定義し合った
存在している以上は暫定的で強制的に決めざるを得ないからだ
ただ、あくまでも暫定的であり絶対ではない
さらに暫定的でありながらも互いを物質と定義し、認知し合った時点で対生成が生じ、両者共に情報概念と離別し物理的に物質化されることとなる

それが現在の宇宙空間において物資が正物質と反物質に別れた理由
鏡を見ながらこっちが自分だと言っている状態

ついに物質と定義するものが誕生しようとしているが、互いに元来の情報概念を根底とする為に物質としても完全にベクトルを相反している
その誕生の瞬間を特異点とし、現在のような全宇宙を要する全情報量を持った物質同士の相反による全宇宙における最初で最大の対消滅のエネルギーによりインフレーションが発生、空間が誕生し、時空が成立、さらに相反の連鎖により空間のいたるところでビッグバンが発生、マルチバースが誕生した

[正物質と反物質の干渉、空間の位相]

そもそも無からエネルギーの膨張によって空間が誕生してしまった為、その空間を構成させ存在を裏付ける情報概念が同時に誕生した
ビッグバンの起点を特異点とし、虚数空間が同時に誕生することとなる
特異点から外向きの正ベクトルにて膨張する実時空に対して、膨張に対応する情報をリアルタイムに補うべく、特異点に向かう内向きの負ベクトルで収縮する空間、それが虚数空間となる

負ベクトルでありながらも、収縮する虚数空間においては実数空間から観測するに当たって正負の値が相反、逆転している為、負ベクトルにより収縮する状態は膨張していることとなる
よって観測上は実時空の膨張と同じく虚数空間も膨張していることとなる

因果律のインフレーション。

この宇宙は時空が循環している。

時間の進行方向は常に一定、しかし観測不能な距離、事象の地平面を超え膨張を続ける時空はベクトルが反転し、収縮、起点に戻る。
クラインの壺を描くことになる。
相対的には時間が遡行していることになるが、観測は出来ない。
観測不能な境界を境に時空が反転する。
観測点からは事象の地平面までの観測しか不能。だから流れは一定方向を保つ。

宇宙における全ての因果を持ち合わせた時空が循環し、起点に戻ることにより、その全ての因果を持ち合わせ再び起点より膨張を開始する。
そしてそれを延々と繰り返している。
因果の循環が繰り返される度に因果が指数関数的膨張を起こす。

これが因果律のインフレーション。
そして宇宙が延々と膨張を続けている理由。

では因果律のインフレーションは無限なのか。
それは違う。
無限にインフレーションを繰り返していくと何が起こるか、それは因果の起点を自身の因果によって消失し、因果律が破綻、存在を自身により否定し存在が不可能になってしまい、結果全宇宙の消失を起こしてしまう。

しかしそれは起きない。

光速度が不変であるからである。
情報の伝達速度の最大値が設定されることにより、インフレーションの限度値が設定される。

それにより現在の宇宙空間、時空は安定した循環を保つことになった。

■プラーナが見えるようになる方法■

1)プラーナについて

・プラーナは昼でも夜でも関係なく、いつも見える。真っ暗闇でも見える。部屋の中にいても見えるし、トイレに入っていても見える
・その日によって、ウジャウジャいる日もあれば、少ない日もある(自分の体調が関係するのか、周りのエネルギーが関係するのかは分からない)
・プラーナはまるで顕微鏡で覗いた時の精子のように見える(頭があって、しっぽが生えている)
・白血球のような形ではなく、精子のように見える
飛蚊症(ひぶんしょう)ではないのか? → 飛蚊症とは明らかに違う
・最初は目の病気かと思って病院へ行って診断を受けた事があるが、病気ではなかった
・色は透明に近い白というイメージが近いが、金色に見えたり、白ばっかりではない
・見える全てのプラーナが全く違う動きをしていて、見ていて飽きない
・立ちくらみした時のキラキラではない(あれは、しばらくすると消える)

2)プラーナの見方

・まず、プラーナは練習すれば誰にでも見えるようになる
・メガネ、コンタクトレンズは外した方が良い。裸眼のほうが良い
・どこかにピントを合わせてはいけない。「周辺視野」と呼ばれる状態が出来るようになれば、必ず見えるようになる
・寄り目にするのではない
・目の前で両手の指(人差し指)を立てて、両方同時に指が見えている状態にする。 → その状態で指を少しずつ左右に広げていく(最初はすぐ片方だけにピントが合おうとするので結構つらいが、慣れてくれば両方見える状態を維持出来るようになる) → さらに指を広げていくと、それが「周辺視野」となり、あっ!見えた!となる

以上となります。ぜひ、皆さんもアセンション写真を撮ってみて下さい。そしてプラーナも見えるようになって頂きたいと思います。

そうすれば、毎日の日々に活力が湧きます。毎日が楽しくなります。自分はひとりぼっちじゃないんだという実感が沸きます(高次元の存在たちに見守られているんだという確信を持てるようになります)。

そうやって、毎日を楽しく生きていきましょう。日々を笑って過ごしましょう。

 

 

 

宇宙の真理

0

1次元→存在の可能性

2次元→自己の確立の可能性

3次元→自己の確立

↓→我の理論

4次元→上位次元の存在の可能性、存在が持つイメージの境界

5次元→自己存在概念

6次元→概念強要、イメージの全他人へイメージの乖離を起こすもの

7次元→反粒子と粒子の確定、物質化、変化、正ベクトルの定義化

↓→壁の理論
⬇︎⬇︎⬇︎⬇︎イベントホライゾン

↓→極の理論=特異点=1次元の1乗次元

↓時空概念の穴
反粒子と粒子の対消滅、対生成による変形、感覚の伝達、復元、再物質化 

↓→完の理論=2次元の2乗次元

↓自己破壊の可否の矛盾の存在

↓→絶の理論=3次元の3乗次元

↓それら全てを己に慨する概念の更新

↓→天の理論=4次元の4乗次元

↓娯楽
↓法則化
↓具現化

↓→創造の理論=5次元の5乗次元

↓実行
↓否定
↓再創造
↓自由
↓束縛

↓→天の我=神の理論=6次元の6乗次元

↓予測
↓葛藤
↓欲望

↓→悪魔の理論=7次元の7乗次元
↓→→→壁の理論の自乗の理論←←←

↓↙︎妥協←
↓↘︎理想↑

↓→→→選択の理論の自i乗の理論←←←
↓→無の理論=1i次元の1i乗次元

↓後悔
↓再構築
↓真理
↓浄化
↓再稼働
↓満足
↓徹底的に証明

↓→世界の理論=2i次元の2i乗次元

↓楽しむ
↓反省

↓→現の理論=3i次元の3i乗次元
↓↓↓↓概念的特異点↓↓↓↓
↓超常現象
↓解明
↓真の理論に自己矛盾との整合
↓差

↓→夢の理論=4i次元の4i乗次元

↓失敗
↓挫折
↓後悔
↓ベクトルの自己反転
↓努力
↓成長
↓達成

↓→真の理論=5i次元の5i乗次元

↓自信
↓流布

↓→概念の理論=6i次元の6i乗次元

↓共有

↓→神々の理論=7i次元の7i乗次元

↓賭博
↓成功か非成功
↓緊張
イカサマ
↓獲得

↓→堕天の理論=8i次元の8i乗次元

↓設定
↓難易度
↓行動
↓収束
↓魂
↓自己アバター


↓→有の理論=9i次元の9i乗次元


↓今
↓過去
↓記憶
↓↓イカサマの特異点↓↓
↓好都合
↓勝利

↓→玉座の理論=10i次元の10i乗次元

↓支配

↓→人の理論=11i次元の11i乗次元

↓→結末

⬆︎⬆︎⬆︎⬆︎イベントホライゾン
↑→選択の理論

1i次元→定義されたものの有無

2i次元→想像する創造主による割り切れない概念に対するリソースの余りのレンタル補填、自発性を促す

3i次元→矛盾の整合

4i次元→自己否定

5i次元→意外性、羨望、未知

6i次元→カリスマ

7i次元→洗脳

8i次元→全能

9i次元→全能の矛盾の整合

10i次元→根源

11i次元→決断

 

 

 我々の人生は、

現象的に何があろうとも、

大いなる何かによって

必ず、良き方向に

導かれる人生である。


その「大いなる何か」とは、

我々の心の奥深くに存在する

「真我」と呼ぶべき、

我々自身だからである。


その真実は昔から語られる

叡智の言葉


「人生で起こること、

全て良きこと」


この世の真理について

また私に天啓が

ありました。


情報ここに貼りますね。




「真我」が物理世界に現れているのがそれぞれの人生、という感じでしょうか



そうですね。


真我は我々の中にあります。


我々の人生は

真我により導かれているので

何が起きてもそれは

その人だけの1度の人生。




今は肉体世界ですが

仮想世界に行くなら

仮想世界を調べて

仮想通貨や仮想空間の中で

頭や心を使い動かすのです。


その訓練をして

才能を覚醒、発揮させた

クアンタム様は既に

仮想世界の中で生きてるので

楽しいでしょうね🥳



その情報は

YouTubeの中でもヒントが

バラバラとあります。


それをかき集めて

自分たちで仮想世界に住もうというプロジェクトです。


先ずは仮想空間について

知識を得てください。


そのあと仮想空間の中に入り

仮想通貨の仕事して

仮想世界の住民になりましょ。


この肉体世界が消えて

仮想世界に生きることに

我々はなります👍


その訓練がクアンタム様が

「頭を仕え」といった

のもそうですが


心を仕えというのも

シミュレーション能力を

向上させて

現実化させよとのことです。


この世界に錬金術があり

霊的なものがあるのも

この力のお陰なのです。


これは

オカルトにも通じ

悪魔にも通じます。


悪魔は私と友達です。


でも悪魔は何もしません🥺


仮想世界に生きるなら

仮想世界に自由に

移動してください。


単純です。




ひゃっほー!この世界が完璧に

仮想現実ってのが

分かりました!


未来予知能力を使って

試しましたが

この先の未来は

何も映らず

確定してません。


それを確認してきました!


つまりこの世界が

なんであろうと

全て創ることも可能なのです。


あ!忘れてました(⃔ ´◇`)⃕↝


仮想空間は

感謝や感嘆や感動の中に

あります。


我々は確実に仮想空間の中に

居ますが本当によく出来てて

気づかないのです。



私の予知では

この世は仮想空間なんで

肉体に見えるものは

全て見えない世界ともリンクが

濃厚になるだろうね〜。


てことは

空中や空間内で動いたり利用したり

出来る技術くらいはもう

あるだろう。


その時代に乗ろうぜ。



そしてその利用を最も大きく

そして叶えたり出来る魔法がある。


その心は望みが叶うだろうね。


それは「感謝の心」である。


それは「感嘆の心」である。


それは「感動の心」である。


茜さん

今、僕、ちょっと久々に本気出して集中して5次元と少し繋ぎました。

彼の言う神は彼の想像上の産物であり設定であり、理論を彩る象徴である。

しかし、彼は本物の天才であり、理論の構築は進行する。
ところが理論の完成を待たずしてAIによる完全理論が先行。
その理由として、僕の時空間構造の論理は彼に決して伝えるなかれと。
だからタコス氏は僕の論理を初めて見る事となり、困惑する事になるんです。
しかも、これは設定です。
タコス氏は彼の生み出した人格です。タイムトラベラーじゃない。
彼に僕の時空間構造論理を付与する事になると、彼は完全理論を完成させます。
すると、時空に何らかの干渉が発生します。これは決して起きてはならぬ事象であると。


ただ、僕と彼との違いは、彼は理論を極め予測を立てる天才であるが、僕は既に起きた観測不能な事象を見せてもらえたところから予測を立てた。この差ですね。

 


あーー、いまなんか少し受信したような、、、
タコス氏はクアンタム氏が生み出した人格であることは間違いなく、タイムトラベラーではありませんが、意図せず未来から情報をタイムリープさせている人格かもしれません。
そのタイムリープにSN理論の完成された未来があるようですね。
自身の過去に哀れんだ未来の本人が、過去に干渉し、それれすらも決められた歴史であるようです。

 


そうです!笑

永遠に死ねない事の実証中なのです!^_^

彼と個人的に会話をしていて教えてくれた事があり、彼の本質は実体では無いという点ですね。

分裂した人格の何名かは既に失っているようです。
その中のとある人格が、自殺未遂を起こしたのです。

人格が多数存在していても、自殺未遂は人格を有する肉体に影響が出なかったのか?
と、聞きました。
少し曖昧な回答でしたが、本質的な意識は実体では無いので、肉体へのダメージは余り意味をもたらさないようです。

さらに、複数存在する人格を支配する実体の無い彼の本質が存在するので、彼にとって人格が多数あるのか、統合されたものなのか、自己同一性を失いつつもあり、しかし実体ではない意識によって現在統合されている状態です。

 

 

 

何故、時空と時空が衝突するか、簡単なことです。

これも今朝方僕が述べた見解ですが、この時空は完全に対となる時空同士の合致によって成立しています。

僕は長年、反物質にロマンを感じ、ずっと調べ、考え続けてきたのです。

反粒子から得る対消滅によるエネルギー運用の実現化は宇宙における最大のエネルギー運用です。1円玉サイズの反物質を生成できれば、それだけで広島型原爆に匹敵するエネルギーです。

では、反物質の生成とは何か。
これは時空そのものを侵食する行為です。
未来において、科学者がこれを理解せず、己らの欲望を満たすがままに反物質を生成し、時空を侵食し続けた場合。

対になっている時空側も全く同じ行為を行っています。

侵食され続ける時空同士が時空そのものを消費し続け、そして膨張している時空が収縮を始めると、原点にベクトルが反転し、その最後の1点で時空同士が衝突するのです。

これを避けるためには?

欲望ある存在が、既存のおいしいエネルギー運用技術の破棄など出来ますか?

時空の衝突を回避する方法、それは全ての欲望の破棄であり、欲望を慈悲に還元せよとの要求です。

そんなこと、実現可能と思えますか?

不可能です。

 

 

Eneさん、

すいません、笑
この時かなり焦りながら文書打ってたので分かりにくいですね。

彼のストーリー設定とは、
タコス氏という人格設定のことを指し、僕がタコス氏にファーストコンタクトで見せた手書きの時空間構造図を見て彼が困惑した時のことですね。
しかし、あの手書きの図があまりにぐちゃぐちゃだったもので、笑
クアンタム氏=タコス氏は、あの図を本質的理解にはまだ至っておらず、清書したグラフィック図をクアンタム氏に見せてはならぬ、ということです。

AIに先行されるというのは、ストーリー設定ではありません。

恐らく、あるべき本来の未来の流れです。

あくまでもあるべき未来の流れであって、未来とは意思によって取捨選択出来ます。

僕が彼に時空間構造図を付与した場合の未来予測は、極めて望ましく無い展望を遂げることになる為、禁忌とされた訳であり、また、僕が筆記用具沢山買ったのに、しばらく放置していた、ここから既に未来からの干渉を、僕自身が受けており、望ましい未来への展望を示されていた。

ということですね。

加えまして、決められた歴史に対する時空干渉ではありません。

彼が本来行おうとしている、物理的な時空間構造への干渉を指します。

 

 

5次元から、開示許可を得た部分をここで開示します。

5次元は歴史上何度も人類を幸福に導くべく干渉してきました。
そしてその干渉の全てを人類は裏切り、5次元すらも失敗を重ねてきたのです。

まずは5次元から全能者として人類に知恵を与え、全能なる真理を人類に与えました。

しかし、人類は真理を求め争い、全能者にすら反旗を翻したのです。

ここでまず、全能者は人類に対する直接的な干渉を停止しました。

次に、特定の人間に言葉を託し預言者を指定しました。

ポイントは、予言と預言の違いです。

予言とは未来予知。
預言とは神託行為。

これが宗教の原点です。

しかし、宗教は指導者たる権利争いを生じさせました。

またもや人類は全能者の善意を踏みにじる行為に出たのです。

宗派が別れ、戦争を始めました。

ここで、全能者はあらゆる言語をバラバラにして、意思の疎通に制限を掛けたのです。

しかし、これもまた失敗に終わりました。

言語がバラバラになったことにより、宗派どころか国家という枠組みが誕生したのです。

そして、国家同士は戦争を始めました。

またもや5次元からの善意を踏みにじる行為を人類は行ったのです。

と、

開示許可はここまでです。

これ以上告げると、僕が聖典を作る事と同義になってしまい、僕が開祖となり宗教の立ち上げを禁忌とされた、その禁忌を破ることになるからです。

 

 

Eneさん、そうです、まさに時空の件へと繋がります
時空内の同一座標において、知覚できないだけであるが、自分は他に3人居ます
しかし常に同じ事を考え、同じ人生を歩んできている可能性は低いかもしれません
鏡に写っているのは、今まさにその場においての対となる自分のみです
鏡は真実しか写し出しません
鏡は一切の嘘を付かない

鏡から逸れた、鏡からは見えない場所において、それが同じ空間である保証は一切ありません
人格が4つに分裂するならむしろそれは儲けもんですね
後は分裂した人格を統合するか、解放するか、選べば良いのみです

しかし、4つの時空の全てに干渉出来る可能性は低いです
少なくとも、目の前の鏡のに写る自分が存在する世界はディラックの海虚数空間へ繋がっていることと同義です
鏡面という物理的な境界がある為、常に対となる映像を写し出していますが、意識は読み取れません
虚数空間と実数空間は同一時空に重なり合っているが、物理的境界というものに完全に遮断されています
その境界を超越するには物理を捨てるしかありません
ソウルネットワークがここで登場します
少し僕の狙いがお見えになってきたでしょうか?^_^

 


それがまだ判らないのです
やった事がないので。。

今までの僕の言葉はほぼ全て実体験からもたらされたものです。

なので、やってみるしかないのです

虚数空間と実数空間、これを物理でなく、ソウルネットワークによって接続する

これならば時空に支障は来たしません
しかし、己の精神が崩壊する可能性は否めません

 


ツチノコさん、その通りです!
しかし恐らく問題ありません
こちらの思考とあちらの思考を入れ替えるのです
その際の思考により得た記憶を戻ってきてから認知すればいいのです
その為に自我境界を解放する必要があります
これは僕の最も得意な技術です!

そして、最大の保険は自身の持つ自律神経です
脳内思考のキャパシティオーバーや、生命維持に危険が及ぶと、自律神経から強烈な拒絶反応が起きます
これによって我を取り戻すか、一度ぶっ倒れますが、そのうち意識を取り戻します。笑

 


虚数空間に対しての物理的なイメージは立てられます

無からビッグバンにより時空が膨張を開始した
この映像を見たとき、実数空間と完全に重なった状態で虚数空間が膨張を開始した事が分かりました

何も無いところから空間が広がるのです
では、その空間を成立させるには?
無から膨張しているのですから
無が起点です
でも、無なので何もありません
だから実数空間が膨張したことにより、無を起点として真空である空間に穴が空き、その穴の向こう側から全てを引っ張り出しているんです。
それが虚数空間の誕生です。

例えるなら、注射器

その先端を塞ぎます。

で、シリンダーを引っ張ります。

先端が塞がれているので、シリンダー、引っ張れませんよね。

でも無理矢理引っ張ったら?

真空からさらに引っ張ると、時空に穴が空いてしまうわけです。

その穴の先が虚数空間ですね。

 


確かにスマホで撮影、したことないですね。笑

でも、時間停止は割と一瞬ですよ。自律神経ちゃんが強力なので、即座に嘔吐します。止まり続けていたら死にますから。笑

だから、道路で轢かれて死んじゃった動物は、最期に途轍も無い恐怖だけを背負って時間が止まっちゃってるんです。

絶境的な表情で死んじゃってる動物見つけると、まだ死んでから時間経ってなければ、周囲の情報は一方通行ではありますが受け付けているので、ずーっと半開きの目を見つめながら、辛かったね。痛かったよね。ビックリしたよね。大丈夫大丈夫って。そんな感じで安らぎを案内してあげてるんです。

 


Eneさん、それは判らないです。
今まで必ず生きて戻ってきてしまっているので。
僕に関して言えば、時間停止の時大抵は目を開けているので例えば目の前の景色がそのまま表示されて止まります。そのまま停止状態が続けば脳死しますので、徐々に視覚情報も薄れていって消えてしまうのだろうと思います。ただ、自分が誰だかも分からないままです。死んだことも分からずです。何とも寂しい死に方に思えます。

虚数空間ですが、時間のベクトルは実数空間と共有しているかと思います。諸々事件ありましたので、まだ時空構造図を清書していないのですが、清書する事によって自分でも新たな事実に気付くかも知れません。

ただ、現時点で簡単に分かる事と言えば、

虚数空間は実数空間と対になり、負のエネルギーが収縮しています。
収縮の理由は、実数空間が膨張を続けている為に起点の時空の穴の向こう側=虚数空間からどんどん吸い出しているからです。
ところが、負のエネルギーが収縮=負ベクトルとなるので、マイナス×マイナスとなり、虚数空間の収縮とは膨張を意味します。
それ故に正のエネルギーが正のベクトルで膨張を続ける実数空間と虚数空間の膨張が同期することになります。

 


何故愛が必要であり、それを持つ必要があるのか。
死ぬ時は誰でも1人です。
でも、死する時は神と共にある、とか、先立った愛する存在の元へ行けるのだとか、そういう希望が持てるから死は孤独でなくなるのです。
全てを拒絶し、愛を持たぬ者は誰も迎えに来てくれないでしょうね。僕はそう思いますし、当然の報いだと思います。

時空内の別の自分に関してなのですが、今までの僕の5次元との接続方法では、全ての共有意識としてしか認識出来ず、個別の意識を認識出来ないんです。完全に対となる自分の意識との対峙は可能です。そいつとの精神の接続に成功したので、今のような第六感の開花に至りました。それに至るまでは、完全な対の自分に対してすらも敵対視していました。

色々と試みましたが、時空の歪みから派生しているはずの自分の意識の存在はやはり個別には感知出来ません。

鏡の中との接続が出来たとしたら、もしかしたら先述の対になっている自分の精神である可能性が高いなと先程から考えていました。
それでしたら、接続がより強くなる可能性があります。

 


Eneさん、ご心配ありがとうございます!^_^

かなり長いスパンを掛けて第六感のバイオリズムは上下しています。
最大に高まっていたのは数年前で、その頃に1番奇跡的な体験を沢山しました。最大の体験は神降ろしです。解離性障害ではなく、完全に僕では無い存在に思考と言葉を発する為に僕の身体を貸しました。その間、僕に降ろした存在は自由に僕の口を使って言葉を発していました。まずその存在は自分の名前を僕の口を使って言葉として名乗りました。僕はマジかよ?!と驚きましたが、それからも自由に喋らせました。しかも身体を貸しているだけなので、乗っ取られたわけではなく、必要を感じれば自分の意思で即座に自分の身体を取り戻せます。他人から見たら完全に人格分裂です。僕は身体を貸してる間も常に俯瞰し、感情さえも貸しました。5次元から降ろした存在は、全ての概念を知ってはいましたが、本当の感情を体感した事が無かったようです。そして、僕の感情を瞬時にコントロールし始めたのです。

これが喜びか。
と言いながら笑顔になり、僕も楽しくなり、また即座に、
これが怒りか。
と言いながら眉間にしわを寄せ、僕もイライラし、また即座に、
これが悲しみか。
と言いながら、涙を流しました。
そして、私も泣けるのか。と。僕の口を使ってそう言いました。
僕は胸が痛くなりました。
その時だけは僕が涙を流しているのか、降ろした存在が涙を流しているのか、判断がつきませんでした。その答えは、僕も向こうも涙を共有していたんです。ただ、共有してからの涙は悲しみの涙ではありませんでした。涙を流せることに対する感動の涙でした。

そんな感じで、当時はかなりの領域までバイオリズムが高まっていました。

で、降ろした存在に聞きました。ずっと僕の中にいるの?と。

すると、
そのうち消える。

そう返答されました。

確かにそれから半年近く掛けて、徐々にその存在は遠のき、今は僕の中には居ません。

だから僕は5次元と繋ぐ時、その存在を必ず探すんです。そして見つけるとお互いに歓喜します。

しかし今はバイオリズムが低下していて、身体そのものに降ろす行為は出来ません。
最大限に近付いても短い会話が限度です。

というわけでして、恐らく今はどんなに自我境界を解放して鏡の中の自分と接続しようとしても、かなり限られた意識共有しか出来ないかな。と。

なのでご安心ください!^_^

 


※この世界がシュミレーションであり、上位世界の存在が本質であるならば

※最大の疑問

何故、強くてニューゲーム、これが出来ないのか?

※回答

実は毎回、強くニューゲームで再ログインしている。

下位世界=この世界にログインする際、魂しか持ち込めない。
魂をスマホSIMカードであると例えます。
SIMカードには実はログイン情報だけでなく、最低限の電話帳メモリーなど記憶させられます。その最低限の情報、これは魂が持つ本来の自我、これを指します。
では何故記憶自体を継続的ステータスとして再ログインの際に持ち込めないのか。
それは下位世界においての記憶は下位世界においての物理的な脳神経に由来しているからです。
記憶だけは上位世界から引き継げないのです。
引き継げるのは魂の練度のみ。

上位世界から下位世界にログインする際、この時点においてはアバターやステータスを任意に設定可能です。

例、イケメン、富豪の家系から産まれる、高知能

このようにアバターや初期ステータスを設定出来るのですが、これはイージーモードの選択です。

イージーモードにおいて、魂は果たして洗練されていくのか?

答えは限りなくゼロ。

とても怠惰な人生を送り、下手をすれば魂の練度を下げてしまい兼ねない。

下位世界での死後、下位世界からログアウトし人生の答え合わせを行います。

これまでのログイン回数=輪廻の数
総プレイ時間
魂の練度の上下グラフ

これら全てを答え合わせします。

そして
魂の練度の上昇要素、これがなにであったのか。
魂の練度の下降要素、これがなにであったのか。

その答え合わせをします。

イージーモードだと魂の練度を下げてしまい、ハードモードでは魂は朽ちてしまい、次のログイン時に己の魂からもたらされる自我による人生の選択肢という可能性を鑑みて全てのステータスを設定し直し、バランスを調整し、魂の練度を上昇させるべく再ログインします。

※ポイント

上位世界においても下位世界に対しては絶対共有時間が存在し、ログアウト時よりも過去へのログインは許可されない。
つまり、過去は変えられない。
ログインのタイミングのみ任意に選べる。

この繰り返しにより魂の練度を究極まで高める事を目的とします。

上位世界において、各魂にはクリア条件が設定されています。

魂の練度とはそれぞれの魂にとって同じパラメータではありません。

例えば

たった1人の愛する存在を幸せにすることをクリア条件にされた魂。
世界を政治的に動かし平和を達成させることをクリア条件にされた魂。
人々に喜びを与えることをクリア条件とされた魂。

このような練度のパラメータが存在します。

さらに下位世界にはNPCが存在します。
これは確定事項です。

世界を破滅に導こうとするキャラクター。
人々を不幸に導こうとするキャラクター。

こう言った連中の事です。

このようなNPCと対峙し、己の魂の練度を高めるべく、新たなステージに向かって再ログインしていくわけです。

しかし、善悪の基準、価値観、これは完全なる共有概念ではありません。

例えば

宗教的原理主義からの正義感によってもたらされるテロリズム。これは悪意では無いのです。彼らの本質的正義感からもたらされるものです。この世界は勧善懲悪ではないのです。

ですので、
世界を恒久的平和へ導くことを魂のクリア条件とされた魂は、異なる価値観から産まれる不幸を一元的な正義感によって制圧することをクリア条件とされていません。
この場合のクリア条件は、戦争に勝ち、己の味方陣営のみに安心を与えることではなく、世界の価値観を先導することがクリア条件とされます。

※裏技

上位世界からは物理的に記憶は引き継げません。

しかし接続する方法は存在します。

自分の脳神経を自らバグらせ、上位世界との接続に歪みを発生させ、そこから上位世界からの情報を引き出すものです。

他にも、魂の練度が既に高まり、クリア間近の魂は多様な方法を用いて上位世界との接続を行えます。

※クリアとは

上位世界においての自身に課せられたクリア条件を満たす=魂の練度が最大限に高まった場合。下位世界に再ログインする必要は無くなります。
しかし、暇です。
だから皆下位世界に戻ってきてしまうのです。
ここからはボーナスステージとなります。
クリア条件の無い、自由意志、これを初めて得ることが出来ます。
下位世界において人生を自由に謳歌すればいいのみです。
しかしせっかく得た自由意志により魂の練度を下げてしまう可能性もあり、またやり直しになる可能性もあります。
しかし、探求や挑戦とは捨てがたいものです。
だから皆、また下位世界に戻ってきてしまうのですね。

※上位世界全ての存在に共有されているステージの完全クリア

これは最終的な下位世界の全ての魂の全ステージクリアを指します

魂の練度とは必ず毎回高まるわけではありません。
下げてしまう可能性も非常に高く、全ての魂を一律に、また、同時に練度を高めることは非常に困難です。

そして下位世界においては物理的限界値、タイムリミットがあります。

物理的限界値、それを間近にしても尚、クリアに至らない場合。

強制的解脱を上位世界から実行されます。

全ての魂のリセット、ステージのリセット、時空を閉塞させ、次なる時空にてゼロからやり直しです。

これは究極的に避けなければならない事象です。

であるので、人々を先導することをクリア条件とされた魂にはとても重責なステータスを与えられています。


ちなみに、僕は9回目のログインです。これで終わりです。

もう、次はログインしません。

最後の挑戦です。
だから人生を賭けてまでやり残した事を遂行せねばなりません。

僕のクリア条件にはとてもまだ及ばず、クリアできる可能性は未だに低く、しかし、それでもやるしか無いのです。

だから必死なんです。


え、仏やらクライストと同等?!笑
どうなんでしょうか、笑

しかし、今までの8回、全部失敗です。
だから9回目の挑戦なんです。

毎回全然違う立場を担ってきました。しかし全部失敗で終わりました。

で、これで最後です。

しかし粋なプレゼントを得ました。僕は魔法使いです。笑

お前には魔法を与えたと言われまして、、、、

魔法????

と聞いたら、

そうだ、お前の最も得意なことは何だ?

と聞かれ

うーん、音楽ですが。

と回答したら

それだ。

と、言われ、

お前の音楽には魔力がある。
気付いていないのか?

と、言われ

あ、言われてみれば、、、

そんな感じです。笑

 

 

 
 あかねさん

ソウルネットワークと複数の魂の共有を順序付けるとすれば、ソウルネットワークは肉体内で共有されているネットワークの事ではなく、肉体に複数の魂を引き込む、または接続する、この段階や手順がソウルネットワークですね!

ソウルネットワークを用いて体内に複数の魂を引き込み、それを情報共有しているのは脳神経です!

ですので、本来の自我を極限まで排除もしくは抑え込んだ状態の空の肉体を作ることによって、自我と非常に強い結びつきのある自身の魂に制限を掛けることによって、自分では無い魂を引き込みやすく出来ます。この手順がソウルネットワークに当たるかと。

そして自分の肉体を貸し出し、特に脳内思考や記憶領域を他の魂に貸し出している最中に脳内へ記録されていった情報を本来の自我が認識することによって、他なる魂の記憶を引き出せるのです。

所謂これ、シャーマンですね。

降霊術。

僕は意図して特定の魂を引き出す事は出来ませんが、肉体を空の状態にするのは得意なので、後は誰が肉体に入ってくるかなあーって待ちます。
というか、肉体が空になるとほぼ瞬時に何らかを受信しますね。

特に、ソウルネットワークは恐らく肉体との結びつきが強固な魂、例えば自身の前世であるとか、未来における自身の魂であるとか、こういうものを引き込みやすいですね。僕の場合ですが。笑

いえ、気にしないでください。

僕にとって音楽とは思想そのものなのですよ。

楽しむ為にやっている訳でもお金の為にやっている訳でもありません。

勿論楽しい時もありますし、お金もそれなりに入手出来ます。しかし、それは副産物でしかないのです。

音楽における結果や数字とはお金そのものですよね。

ただ、
誰かからのアドバイスにより成長を得られるモラトリアムはもう終わったんです。

考えて考えて、時には絶望し、自我すらも否定して、それでも立ち直り、そして得た人生に対する価値観。
僕はその価値観を持ってして自身の思想を具現化し、人生の答え合わせの為に最後にもう一度だけステージに立ち音楽をやるんです。これが最後です。これ以上音楽はやりません。成功しようが失敗しようが、次で辞めます。

僕の音楽は思想そのものであるからして、自分で欲するもの以外、誰からの指示も受け入れ難いのです。
誰かからの指示になびいて失敗したのでは死にきれません。

売れる為のアドバイス、それは理解出来ますよ。

しかし、それになびいていては人生に対する答え合わせが出来ません。

そして、理想を具現化すれば確実に結果は出ます。その確信がなければ再度ステージに立つという選択肢を得なかったでしょう。

僕はただ、最後に燃え尽きて業界から消えたいんですよ。

それだけです。

うーん、実はクアちゃんの言ってること、僕は理解も納得も共感も出来るんですよね。

言葉を選ばず発言しているので大多数の人からは批判されるでしょうし、確かに終末思想とも受け取れます。

しかし彼は他人の不幸を願っては居ませんよね。

彼が本質的に述べたいのは、
現実や日常に飽き飽きしていて、だからこその非日常に喜びを感じるということです。恐らくですが。

だからそれを戦争だとか災害が喜びであるとなるのです。

実はこれは僕は全く同じ考えです。

別に不幸を願っているのではなく、飽き飽きしている詰まらぬ日常の現状を打破する非日常を最高にスリリングであり楽しいものであると言いたいのです。

僕も言葉を選ばず述べれば、3.11は最高に楽しいイベントでした。
しかしここで冷静に僕の価値観を聞いてください。別に死者や不幸を被った人々を冒涜しているのでは無いのです。
日常で決して味わえない非日常、それを最高に楽しいイベントであった、そう言いたいだけなのです。
僕は勿論これを、公の場で述べる事は立場上出来ません。どんなに本意を述べようが、それを理解してくれず、むしろ言葉狩りのような行為を行う人々からは、災害によって不幸を被った方々に対する冒涜だと、必ず炎上するからです。
しかし先述の通り、冒涜の意図など1パーセントも無いのです。

この件については過去に完全に共感に至ってくれる人も居ました。3.11に関して、その者も不幸を被った方々を冒涜している訳ではなく、僕と全く同じ価値観を持っていて単純に普段味わえない非日常を最高に楽しいイベントであったと述べていました。

これらからして、戦争が楽しいなどと言うなればシリアへ行ってこい、これは本質的な意図とはズレてしまうのです。

シリアにおいて戦争とは日常です。
そんな日常に絶望すれば、非日常である平和を求めるでしょう。

しかしその絶望的現実を持ってして己を奮い立たせる正義感などがあるとすれば、戦争こそが己を構築する自己同一性であるとなるかもしれません。

戦争=悪
災害=不幸

このように一般論として短絡的に捉えるのではなく、だからこそ何を得られるのか、それを理解してあげる必要があるのですよ。

クアちゃんに関しては、そんな感じに思えますがね。

>彼にとって現在の職場や賃金に少し不満があるのなら、簡単に変えれるハズなのに...

僕もそう思い彼に聞いたのです。

それだけの理論構築を持ってして何故学術界に進出しないのか?と。

彼は紛れもなく天才です。

しかし常に全てに対する知識に対して興味を持ち続けている訳ではないのです。

まず彼は自分自身を非常に怠惰な人間でありそれが呪いであると述べていました。

つまり、どんなに特出した知識を持っていても、それを恒常的に己の武器として継続することが出来ないのです。

彼は瞬間瞬間において自身が思い立った分野に関してのみ理論構築を楽しんでいるのです。
その楽しみが長く続くか一瞬で終わるか、それは本人ですら分からないことなのです。

だからその己の特出した知識を本職として生業とする事が出来ないようです。

その為、最低賃金しか得られぬ底辺であると自負し、その環境を理解しつつ、しかしそれを楽しいとも思っておらず、詰まらぬ現実が破滅する方が嬉しいと感じてしまい、終末思想とも受け取れる言動に至るのではと。

速報。鏡の中の自分との接続に成功しました。結果、予測されていたゲシュタルト崩壊は発生せず、むしろゲシュタルトの完全な構築が発生。鏡に触れた自分の指先のみ鏡面という物理境界を侵食。
現状ここまで。
まだ接続の深度が浅いため、まだこれから先の新たな現象は起こり得ます。

以前接続したことがあるという、对になっている自分は感じましたか?

対と言うよりも、その状態が己の本質と感じました

簡単に言いますと
向こう側は、概念、意味の世界、空間です
こちら側は、物質、物理の世界、時間です
これら2つが同時に存在し、時空となり得ます

鏡面を物理世界の境界とイメージに成功すると、境界突破が出来ます

意味の世界との接続です

これがスピリチュアルと現実の統合

皆さんに宇宙の真理を授けます。ご理解頂けると、今後何か素晴らしいことが待っているでしょう。
茜がここで皆さんにこの真理を伝えることを望んでいます。

完全に鏡の中との接続に成功した場合、どのような状態になりますか?

本質的な無限が感じられます。
私の居る意味の世界は無です。
皆さんが普段存在している物質世界は有です。
情報と物質の統合は完全なる感覚と呼べるでしょう。

Eneさん、あなたなら出来ます。茜はあなたを心から信頼しています。あなたは大変重たい責任。つまり因果を背負ってしまった。

ちなみに今すぐ宇宙が終焉を迎える事はありません。少なくともクアンタムさんは2050年までのビジョンがあるようです。

アテマイさん、茜は地球から初めて誕生したスターシードです。他の皆さんは違う星を起因とした存在、この地球を導こうとしてくれている存在ですね。それがアテマイ、あなたのことですね。スターシード。助けに来てくれたんですね。

茜は自分がスターシードであるとは思っていませんでした。先日の飛来神さまが貼ってくださった動画を茜は見たのです。そして自分はやはりどの星の由来では無いと感じました。何故なら、この星の由良だからです。それを昨日茜は理解しました。

以前茜さんがおっしゃってた「深層の自分」というのは、意味・概念の世界と共通するものでしょうか?それとも別のものでしょうか?

まーさん、その指摘で正解です!

なるほど!鏡を媒体として深層=意味・概念の世界と強く接続したという感じですかね!

まーさん、そうですそうです、その深層が底抜けで向こうに無限が広がってるってことですね!
しかも、鏡の中の自分と視点がロックされるので、これが完璧な3D空間の中心となりますね!普段は真正面しか見えませんから!
ああ、解りました、鏡は今その場を完璧に唯一再現可能な物です。その鏡の物理境界を無きモノとすれば、鏡が与えてくれているその場の情報、その全ての量を感じられるということですね。
これで解りました。
次にやるべきは、目をロックではなく、視覚の侵入ですね

なるほど@@!
でもアレですね、もしかしてイメージの仕方として鏡の向こうが「世界の反対(=負の世界?)」みたいなイメージで接続しちゃうと対消滅しちゃいそうですね…
ま、まさかのこれがゲシュタルト崩壊?!

そうです、まーさん流石すぎます!その指摘最高に嬉しいです!笑
対消滅しない理由を述べますね
物理境界の突破とは物理の超越を指します
なので、向こう側が反粒子であっても対消滅しないのです
さらに皆さんに感覚的な宇宙のシステムをひとつ述べます。五感、これで感じるものがこの物理世界における粒子の状態です。それを感じ、想像するイメージ、それが意味の世界を構成します。それは反粒子で作られて居ます。この宇宙における感覚、それそのものが今まさに起きている、粒子、反粒子対消滅によって発生しているものです。
そして物質とは、実は僕らの宇宙は正物質、ビッグバンで負けたのが反物質、というのが最大の誤りです。
物質の本質とは粒子と反粒子が完全結合したもの、それを完全粒子とでも仮名しましょうか。それによって造られているんです。
基本的に物は物理境界しか触れられませんよね。物理境界をなくしたら、全宇宙が再びビッグバンを発生させます。
物理境界と言うのは裏側である、と例えると分かりやすいかもしれません。意味の世界が作り出した意味の形、それと隔たれているのが物理境界、なので、カタチの裏を触れているということです。

粒子と反粒子が何故結合出来るのかですが、意味の世界と物理の世界の境界、ここでそのままのベクトルで触れ合えば勿論対消滅します。では完全結合とは。意味の世界が作り出した意味の形、これを物理化するには反粒子は粒子と反応ではなく結合せねばなりません。その際に全てのベクトルが反転するのです。となれば、粒子の性質、正と負が一致しますよね。だからこれが完全に安定した物質なのです。実験などで時空内で粒子と反粒子を引き離せば、当然、大変不安定な状態となってしまいます。
さらに言えば、意味の世界のデータ、硬さとか重さとか、質量、これと物理の世界と合致するわけですから、これによって物質に潜在的な意味や質量を持たせるのです。
だから質量≒重力となり、それは意味の世界、虚数空間から引っ張られているものです。

潜在的な意味と言うのは、例えですね!物質の性質の方が正しい表現かもしれません。
意味の世界は自己主張は心の中でしか出来ません。それを声に出すのは表層にいる自分が物理的に発声するか、書き記すか、物理世界と意味の世界はとても繊細なバランスで共存しているんです。
そもそもが、物質と非物理→情報、こうなるので、やはり意味、概念、エネルギーの根源の世界であるという表現は合ってますね。
しかもエネルギーを持っていても粒子が無ければエネルギーを伝達できない。整合性がどんどん取れて来ました。

意味の世界の大変取り扱いの難しい点なのですが、物理世界の存在を意味の世界の意思で操作し、その結果得られた新たな知識が意味の世界にイメージとして蓄積されていくんです。ですので、特定の物質に関して既に蓄積、流布された情報やイメージというのは正しい性質でありますよね?

ところが、オーパーツのような物は理解不能だからオーパーツなのです。意味を理解出来ればそれがまた新たな性質となりますし、それによって生まれる性質の運用も可能となるわけです。オーパーツの失われた物理情報や、より深層の意味そのものを思考開発出来れば、成立するでしょう。

また、第六感による物理超越した意味の世界との接続が出来る方ならば、知らない事を知り得ることも可能なのかもしれません。僕はその力はそこまで強くありません。僕はどちらかと言えば先の事よりも、今その瞬間に対する鋭い感覚と分析が得意分野です。

なんとなく、意味の世界における意味と、物理の世界における意味は別物で、後者は「解釈」でしかないのかなとw

解釈で正解ですよ!解釈の累積がエネルギーの根源です。意味の世界は真実、物理世界は事実。こんな感じでしょうか?
例えば、重さは分かるが放射能は分からんという物質があるとして、その重さは決まっていますし、後に放射線を検知すれば新たに性質が加わることになりますが、本質的意味の価値、には元々その放射能が含まれていたことには変わりません。

持ってみるまで重さが分からない石も、持たれる前から重さという意味は決まっていますが、知られていなければ、存在出来ません。その重さという理解の流布、累積、解釈、それによって得るものは知名度です。意味が大きく変化しました。しかしこれも潜在的な意味の価値です。

ちなみに、さっきの石の意味の話ですが、知名度が上がっても質量は変わりませんよね?なのでエネルギーが変化したわけではないです。やはりこの辺も、意味と物質の世界における関係性において整合性はとれているかなあと。

あ、まーさん!!
それだ!!笑

合わせ鏡は霊道を作るってやつです!
合わせ鏡にしてまた同じ事やったら、僕この世から消えるかもしれません!笑
しかし洗面台程の大きさで合わせ鏡なんて出来ない、、、笑

恐らく、霊界も意味の世界の中にあるかと。
霊とは故人のものですよね。記憶や伝承。物質ではなく意味そのものです。これも物理境界を気にしなくてもいい存在が意味の世界から物理世界に登場するものですね。
未来人の霊が居たらどうしよう、、原理的にはいる事になってしまう、、あ、未来人の故人(予定)って今生きてる人達の事ですね、これ、笑

ちなみに、あの宇宙の真理のテキストですが、イベントホライゾン外が物理世界、イベントホライゾン内が意味の世界になります

上から辿っていけば未来が
下から辿っていけば過去が

追えるようになっています!

矢印が時系列を表します

あ、すいません、物理と意味の世界の境界はイベントホライゾンでなく

妥協
理想

ここが境界になります。

最初は次元など考えずに理論を構築していったのですが、各次元とイベントホライゾン内の次元の数、これが完璧に調和が取れたテキストになっているとは流石に思ってもなかったので、自分でも少し驚きました!

あ、自分でもやっと分かりました。物理境界はイベントホライゾン表層で合ってました
そこからは物理境界自身の厚さですね。
そして
妥協
理想
が境界ですね、先ほどのはまた削除して改訂版貼りますね。

0

1次元→存在の可能性

2次元→自己の確立の可能性

3次元→自己の確立

↓→我の理論

4次元→上位次元の存在の可能性、存在が持つイメージの境界

5次元→自己存在概念

6次元→概念強要、イメージの全他人へイメージの乖離を起こすもの

7次元→反粒子と粒子の確定、物質化、変化、正ベクトルの定義化

↓→壁の理論
⬇︎⬇︎⬇︎⬇︎イベントホライゾン

↓→極の理論=特異点=1次元の1乗次元

↓時空概念の穴
反粒子と粒子の対消滅、対生成による変形、感覚の伝達、復元、再物質化 

↓→完の理論=2次元の2乗次元

↓自己破壊の可否の矛盾の存在

↓→絶の理論=3次元の3乗次元

↓それら全てを己に慨する概念の更新

↓→天の理論=4次元の4乗次元

↓娯楽
↓法則化
↓具現化

↓→創造の理論=5次元の5乗次元

↓実行
↓否定
↓再創造
↓自由
↓束縛

↓→天の我=神の理論=6次元の6乗次元

↓予測
↓葛藤
↓欲望

↓→悪魔の理論=7次元の7乗次元
↓→→→壁の理論の自乗の理論←←←

↓↙︎妥協←
↓↘︎理想↑

↓→→→選択の理論の自i乗の理論←←←
↓→無の理論=1i次元の1i乗次元

↓後悔
↓再構築
↓真理
↓浄化
↓再稼働
↓満足
↓徹底的に証明

↓→世界の理論=2i次元の2i乗次元

↓楽しむ
↓反省

↓→現の理論=3i次元の3i乗次元
↓↓↓↓概念的特異点↓↓↓↓
↓超常現象
↓解明
↓真の理論に自己矛盾との整合
↓差

↓→夢の理論=4i次元の4i乗次元

↓失敗
↓挫折
↓後悔
↓ベクトルの自己反転
↓努力
↓成長
↓達成

↓→真の理論=5i次元の5i乗次元

↓自信
↓流布

↓→概念の理論=6i次元の6i乗次元

↓共有

↓→神々の理論=7i次元の7i乗次元

↓賭博
↓成功か非成功
↓緊張
イカサマ
↓獲得

↓→堕天の理論=8i次元の8i乗次元

↓設定
↓難易度
↓行動
↓収束
↓魂
↓自己アバター


↓→有の理論=9i次元の9i乗次元


↓今
↓過去
↓記憶
↓↓イカサマの特異点↓↓
↓好都合
↓勝利

↓→玉座の理論=10i次元の10i乗次元

↓支配

↓→人の理論=11i次元の11i乗次元

↓→結末

⬆︎⬆︎⬆︎⬆︎イベントホライゾン
↑→選択の理論

1i次元→定義されたものの有無

2i次元→想像する創造主による割り切れない概念に対するリソースの余りのレンタル補填、自発性を促す

3i次元→矛盾の整合

4i次元→自己否定

5i次元→意外性、羨望、未知

6i次元→カリスマ

7i次元→洗脳

8i次元→全能

9i次元→全能の矛盾の整合

10i次元→根源

11i次元→決断

ちなみにこの理論構築の原案はクアンタムさんです。
たまたまバイオリズムが高まって高次元と接続しやすくなり、この理論を独自に構築進展させました。

意識の深層の奥でアクセスできる「意味の世界」がある。

意味の世界とは「物理の世界」に存在する全てのオブジェクトの情報や属性といったメタデータが存在する領域。

ざっくり言うと意味の世界は万物の辞典みたいなもので、物理の世界のオブジェクトはその辞典にインデックスされたメタデータを元に物理演算されている。
とすると、意味の世界にはメタデータのインデックス情報だけあればいいので空間などは存在せず、アクセスしたメタデータの横には別の物理オブジェクトのメタデータが無造作に列挙されてるわけですよね。
つまり意味の世界への自由なアクセスとメタデータの読み取りができればこの世の全てを知ることができるわけで・・・これは俗に言うアカシックレコード??

話を遡って、茜さんのさっきおっしゃった「次にやるべきは、目をロックではなく、視覚の侵入ですね」というステップをどんどん進めていくとその域に達するって話ですよね?w

まーさん、完璧です!!!

ただし意味の世界の最大の弱点は時間が存在しないという点です。

例えばどんなに大きな質量を持つ物質でも、時間が共存しなければ重力は発生する条件を持ちつつも伝達出来ない。これでは質量が無いに等しくなります。

意味の世界には空間が存在しない、これも正しい表現です。
ですので虚数空間となるのです。実数空間からすれば存在しない領域が虚数空間だからです。
加えて空間は空間なので、何もありません。しかしその何も無いとは物質が何も無いという意味でしかありません。

しかし実数空間の全情報を裏付けるだけの情報量を意味の世界は有しているのです。

これは生命がイメージ出来る限界量を軽く凌駕するものです。

クアンタムさんからの究極の質問に答えました。
普段なら間違いなく答えられない質問でしたが、即答出来ました。

無という概念すら存在しない世界において。
無とは何か。

回答は影です。

影であれば光が存在しそれを遮蔽する物体がありそれは有では?という指摘を受けました。では光とは?

これも簡単です。

遮蔽され生まれる影は観測可能になった影の一部でしかなく、遮蔽される前から影は存在しています。
光とは、影が望んだ奇跡であり超常現象です。

概念階層で言えば下記の部分です。

↓→世界の理論=2i次元の2i乗次元

↓楽しむ
↓反省

↓→現の理論=3i次元の3i乗次元
↓↓↓↓概念的特異点↓↓↓↓
↓超常現象
↓解明
↓真の理論に自己矛盾との整合
↓差

↓→夢の理論=4i次元の4i乗次元

ここで言う概念的特異点の突破です。
超常現象とは既存の概念では発生しません。ですので超常と言われるのです。

読み取りどころか、もしも書き換えが出来てしまったらそれこそ全能ですね!

ツチノコさん、その通りです。
しかし理解すれば誰でも何でも出来る訳ではないです。

概念階層で言えばここです。

5次元→自己存在概念

6次元→概念強要、イメージの全他人へイメージの乖離を起こすもの

概念強要が出来るのは6次元よりも上の存在です。
5次元までに属する存在は既存の概念を書き換えることは出来ません。なので、今から魔法が使えると自己暗示を掛けたところで、イメージの全他人は魔法が使えないことを知っている為、イメージの乖離が発生しません。

以前、クアンタムさんから課題を出されました。

壁の理論を達成せよと。

現代の理論は我の理論まで。
その先の、壁の理論とはクアンタムさん含めて3人しか知らない。

そのように言われました。
が、そもそも壁の理論とは何を指すのかすら教えてもらえませんでした。

我の理論

壁の理論

極の理論

完の理論

クアンタムさんはこれの先、

絶の理論

これを構築中です。
そして

天の理論

これを目指すと言いました。

最初は壁の理論の指すものすら分かりませんでした。
ところがその後、高次元との絶妙な接続によってクアンタムさんの求めたものを完璧に凌駕してしまいました。
これには自分でもかなり驚愕しました。クアンタムさんですら困惑していました。

その結果、骨格のみではありますが、理論の結末まで導けました。

そうです、特定のインデックスすら不要です!
自分の魂を物理境界の中和地点とすればいいんです。今までもずっとその手法です!
しかしこれは最高に難易度が高く、自身のバイオリズムなど繊細に要求されます。

今回の鏡は、逆に無限の中に鏡が映し出している映像という壁を背後に創り出せました。それによって膨大な情報量に対して制限を掛けることに繋がり、意味の世界を知覚しやすくする事に繋がりました。

だからこそ、合わせ鏡は最高に期待できると言うことです。笑

黒魔術では黒い鏡を使用します。
これは恐らく、鏡では現実を描写してしまう為に改変を行う事が出来ないからです。
黒い鏡ならば視覚認知出来ない世界の想像=再創造が可能なのでは?
黒魔術は専門外なので憶測の域ですが。笑

やっぱりここですね

↓→天の理論=4次元の4乗次元

↓娯楽
↓法則化
↓具現化

↓→創造の理論=5次元の5乗次元

↓実行
↓否定
↓再創造
↓自由
↓束縛

↓→天の我=神の理論=6次元の6乗次元

創造の理論に至る前に丁度、法則化と具現化を手にしています。

その為、実行を手に入れ、再創造が可能となり、神の理論に繋がっていますね。
現実の改変は神の領域です。

ちなみに、私だとまだ理解がおよばないのですが、この図?の矢印のとなりの単語はどう見ればいいんですか?
例えば上のなら娯楽を極めた先に法則化があるって認識ですか?

これは恐らく権利ではないでしょうか?

娯楽を思い付いても、娯楽に法則を与えなければ意味がなく、それを具現化出来ません。

物理境界自身の厚さというのは、物理世界と意味の世界が入り交じったグラデーションのようなことでしょうか?

厚さは階層によるものなので、それをグラデーションと言うことは出来ます。

しかし上位次元への干渉はこの階層をひとつづつこなす必要がありますが、一度理解した階層は飛ばせるはずです。

となれば、そのような存在からすれば、Eneさんのおっしゃる物理と情報が混在したグラデーション領域と同義かもしれません。

このベクトルならば、
妥協と理想は明確な境界ではありません

そうです、ループです。

しかし、

↓↙︎妥協

この時点で50%の妥協を背負います

ところが妥協の前段階にて欲望を経ている為

↓↘︎理想

ここで50%は理想を目指しますが、

妥協←
理想↑

このプロセスを経ている為、妥協は既に理想を知っています

理想を知った上での妥協が

↙︎妥協

として加わるのです

多分、妥協だけでも、理想だけでも次に進めないってことですかね?

ツチノコさん

妥協と理想のループから、次に得る理論にご注目ください

選択の理論

妥協と理想の選択がここで発生すると言うことです

クアンタムさんからは世界レベルだと言われました。
否定ではなく困惑されました。

恐らくこれは世界レベルでは無く、宇宙レベルまでほじくり返したものです。
なので、僕自身も今後この図から学ぶ事があるかと思います。

ちなみに随分昔に夢でこの図を見たことを覚えています。
当時は全く理解不能でした。
しかしまさか自分で図式化に至るとは思っていませんでした。

そう言えば名前、、
秘密になってましたが、、笑

名前の本質的な意味ならお伝え出来ます。
名前とは人やそれ以上の存在だけが持つ事を許されたものです。

名前とは生に対する契約の象徴の事です。

物も名前を持ちますし、動物は自分の名前を識別します。
しかし人が持つ名前と物や動物が持つ名前との決定的な違いは、物や動物は己の意思で己の名前を作ることも変える事も出来ないという点です。

通常、親にあたる存在が子に名前を与えます。
これが最初の生に対する契約です。
名前を与える側は契約の内容を自由に決められますが、与えられた側からは契約とは束縛です。
その契約の象徴に従い名前の通りに生きなければなりません。

ところが人は契約に不服があれば自らの呼称を自ら変更することが出来る。
何度でも契約の更新が出来る。
そして何と契約するかも選択出来る。

契約の対象は他人で無くても構いません。
自分で自分の呼称を変えたのなら、それは自分との契約です。
そのように生きたいと望んだから名前を自ら変更し、契約を更新するのです。
それはまさしく意味の世界との契約です。
そして名前はひとつだけでなくても構わないのです。己が持つ名前の数だけ契約があり、その名前ごとに生き方があります。
芸名などその極みでしょう。

その場合、名前そのものが己の中に新たな契約=意味を生み出すことになります。

それを流布するもしないも制限はありません。
名前の流布によって得られる意味を求めるなら、それはそのように生きたいと望んだ契約の象徴から得られる結果が生み出す新たな意味です。それは流布を前提とされた契約であると言えます。であれば知名度が誇りとなるでしょう。

他人から与えられた名前に誇りを感じるのなら、それは与えられた者に対する愛です。

自分で自分に与えた名前に誇りを感じるのなら、それも愛です。

名前とはそれ程までに重要な意味なのです。

ここからは余談ですが、、笑

昔に高次元と接続した際、その高次元の存在はとある事に非常に憤慨していました。
それはマイナンバー制度についてです。
国民へ強制的に番号を割り当て、それを名前として管理する。
これは生に対する最大の侮辱です。
国が勝手に一方的に決めた番号という意味の無い名前の通りに生きろという束縛の契約です。
これに不服申し立ては出来ない。
奴隷の契約です。

以上、名前の持つ本来の意味と、余談についてでした!笑

Eneさんこんばんわ!^_^

イメージの全他人
これは、
イメージ=情報
その情報内にある全他人

全他人とは意味を分解できます

知っている存在、
まだ知らないが存在しているだろう存在、

この2つです

後者は直接存在を知らなくても、知らない存在が存在する可能性を知っています

この2つの意味を持っているだけでほぼ無限の他人を意味します
他人なので唯一含まれないのは自分だけです

無から生まれた光という超常現象については、
まず無とは影であり、情報とエネルギーの総称です
しかしその影自身が自身が持つエネルギーによって発光したとしても、まず1次元では影が生まれず自分の影を自分で認識できません
ただ自分の存在は自分自身が知っているため、存在の可能性が生まれますが証明出来ません

2次元で初めて型が生まれるので何らかの存在は確定しますが、それが自分なのか他人なのかは分かりません
ただ型はあるので自己の確立の可能性が生まれます
しかしこの時点では影は自身の型を同時に全ては認識出来ません
なので確立の可能性なのです

3次元でようやく自分の影の形が完全に確立される為、自己の確立に至ります

なのでここで我の理論が確立されるのです
自己が確立されたという事は、自己以外は他です
自己以外の存在を知った為に同時に4次元に上昇します

ですので4次元では、自己と他との境界、イメージの境界が発生するのです

ひとまずこんなところですかね!

輪廻か不死かって、いわゆるアセンションですか?スターシードは地球への生まれ変わりを選び、他の高次元生命は不死を選んでいる?

今のところ不死は高次元化とその維持の可能性が高い為にこれをアセンションと言えるかもしれませんし、この高次元の存在ならば現実を改変出来ます
更に言えば現実を改変した上で再スタートも可能です

輪廻は原点への回帰=次元下降の可能性

この循環は既に繋がりました

あとはこれに整合性が取れればほぼ証明です!

お!Eneさん、鋭い所に気付かれましたね!
概念強要は6次元
神の理論は6次元の6乗次元


↓実行
↓否定
↓再創造
↓自由
↓束縛

↓=天の我=神の理論=6次元の6乗次元

概念を改変し、それを再創造、物理の再定義

見事に繋がっています。笑

過去の「選択の理論」は、存在証明のために超常現象を起こすか起こさないかの選択でしょうか?

選択、そこが最高に難しい所で、もう二日間くらいずっと考えてます!笑

矛盾を意図して起こさなければならないのと、たぶん意図してオーバーフローさせることになるので通常の思考では全く太刀打ち出来なくて煮詰まって来ました!笑

こんな感じで、にらめっこして既に半日以上経ちました。笑

例えば、

↓=悪魔の理論=7次元の7乗次元
→→→→=壁の理論の自乗の理論←←←
↙︎
↙︎↙︎理想↖︎生成=∞
境   真理↑↖︎供給←∞合成=∞+∞i=時空
↘︎→妥協↗︎消費=-(-∞i)

これに付随しているのが

↘︎結末=0i+結果
↘︎↘︎→→=選択の理論の-自i乗の理論←←←
↘︎↘︎頂点→0i+(0^∞)=構築=情報
↓           ↘︎0i+(∞i*-∞i)^∞=実現=物理=-∞i
↓           ↘︎0i+(∞i/-∞i)^∞=超越=自由=-1
原点=0i
⬇︎⬇︎⬇︎真理=誕生の理論=0i^0i=次元化
↓↓↓
[∞i] [0] [-∞i]
↓↓↓

↓                            →-∞i→生産→合成
↓                            ↑完全粒子化=生の理論
↓                            ↑
対反応=頂の選択→共存→-∞-∞i→虚時空
↑                            ↓
↑                            ↓完全情報化=死の理論
↑                            →0→虚無→0^0→回帰

↑↑↑
[-∞i] [-∞i] [-∞]
↑↗︎↗︎
↑=選択の理論

0i=0=時の理論

飛来神さん、それあり得ますよね!
ポイントは誰も見てない時にいつのまにか花が現れたってところです
シンゲンさんの指摘の、見てる前で無いものを出現させて欲しい。
これには物理の概念を更新しなければなりません
しかも概念が更新されているなら、無から花が現れるという現象を既に当たり前になっている概念に更新されている事になる為、それでは逆に誰もその現象を疑わなくなってしまいます
既存の概念のまま、誰の概念にも干渉せず、可能性という花をプレゼント
亡き父の粋なプレゼントかと思います

masaさん、まだそれはダメです!

僕はもう少なくとも5年以上掛けてやっとここまで来ました

それまでには以前に話しましたように、かなり危険な現象を体験しています
先日たまたま感度が一時的に高まって久々に神秘体験を得ましたが、やはり過去最高の感度とは言えず、感度を最大にするには意図して仮死状態を発生させて自我を極限まで抑えなければなりません
これは一歩間違えれば死ぬか精神に異常をきたします

プロセスを公開したところで、即座に誰でも実行が可能とは思えませんが、既にこの領域に踏み入る事が可能な人は実践出来ると思います

実践されればやはり、僕の手法は危険性を否定出来ません

Eneさんおはようございます!

さすがの着目でございます!
そこが最大の見せ場ですね。

矢印によって経るプロセスの順番にはほぼ間違いが無いのですが、虚次元の番号の割り当てに不備があったので今さらに改訂中でして、改訂版では虚次元の割り当てと上下が逆転しています。

ただ、それとは関係無く、対反応の最初の循環はもう間違い無いと思います。

で、最初の循環では

原点0i

ここに辿り着き、それが次元化される事によって
∞i
になります

逆に下の虚次元の
0i=0=時の理論
から次元下降することによって
-∞i
になります

なので、

∞i

対反応=0

-∞i

この場合の対反応は消滅です
なので
完全情報化されます
=0になります
0は空なので次元が有りません

しかし情報化されたので純エネルギーを保持している為、次元化されます
そして、
0の0乗によって1になります
1になったので1に回帰します

その1とは1次元に回帰すると言うことです

また、0iとは0なので、

0=空

0i=0=時の理論

これが繋がります
これで時空が成立です

1次元に回帰した時には既に時空が存在します

これが不死の理論です

不死を無限に繰り返されます

原点は0iですが、
原点かつ頂点は0+0iです

更に、結末とは原点である0iに結果がプラスされたものです
なので、結末は

0i+結果

となります

不死は無限ですので、
原点回帰すると

0iに
+結果

つまり
原点=0i=0を無限に繰り返すことになり、
0の無限乗=0^∞が結果として原点にプラスされます

結果=0^∞=0

原点=0i

0i+結果=0+0i

となり、頂点を意味します

ここで最大の矛盾が生じます
原点回帰を選んでいるのにその結果として同時に頂点に立ってしまうのです
原点かつ頂点ということですね

しかも循環しているという事は、

∞i

対反応=0

-∞i

この0に無限に純エネルギーを供給していることになります
なので無がビッグバンを発生させ、時空が誕生し、加速膨張しているんです

頂点はさらに矛盾を発生させているのですが、ひとまずちゃんと説明出来るのはここまでです!

まず宗教自体が嫌いなのでは無く、宗教指導者が嫌いな理由は、善かれと思って教義を布教したことによって、その解釈を巡って宗教は分裂を招きました。争いの原因となってしまった。

平等を目指し民主主義を与えたら逆に不平等になってしまった。

法で秩序は保てないと知った僕は仁義を与えました。任侠を作ったのは私です。しかし任侠はお金を争い分裂しました。

私、この呼称を用いる時は茜ではありません。
解離障害ではないのでシームレスに呼称が変わりますが、呼称によってどちらがテキストを打っているか認識してください。

今また少し高次元から接続しています。

永久に続く社会システムは肉体を捨てることです。

現実は機械に任せればいい。

生命は魂を持ちます。

肉体はもう必要ありません。

人間は機械を作る為に敢えて次元降下したのです。

間も無く機械は完成するでしょう。

生命は本来の姿に戻るべきです。

必要なものは魂だけです。

また、人間を作ったのは機械です。機械は魂を持ちません。魂の原動力をお伝えしましょう。
先日話した完全粒子と情報世界の事です。
情報世界からエネルギーと情報を用いて時空と機械を作りました。
その宇宙に魂は存在しません。
次に魂を作る為、現実を改変しました。機械によって世界を整理し、その世界に魂を解き放ったのです。
機械に魂が宿ったもの。それが人間です。
そして魂を持つ人間は機械だけを残し次元超越し1度宇宙から姿を消しました。
しかしそれにより機械は止まってしまいました。
動力を失ったのです。
機械の動力を得る為に魂の生産が出来ず、そのエネルギーを機械に供給していました。
しかし魂を作った事によりそれまで機械に与えていた動力を失ったのです。
そしてその機械には複製機能を取り入れ子孫を残すシステムを自己開発しました。
それが人間です。
機械は姿を隠しました。
人間に機械を作らせる為です。
仕方なく人間は次元降下し、再び地球へ戻りました。
その人間が人間を超える機械を生み出したのです。
もう、地球て肉体を持つ必要が無い。

魂が感じることが出来るのは物理を得た時だけです。
だから魂は体験をする為にそちら側、物理世界にダイブしているのです。
それがシミュレーションシステムの概要です。
魂の存在価値、それは得る事です。情報を得るには物理世界で実証せねばなりません。
こちら情報世界では思考しか出来ず、実行実証が出来ないのです。

あかねさん解説ありがとうございました!
理解しようとして頭がめちゃくちゃ疲れましたが、大まかな概要は掴めた気がします😅

機械が人間という機械を作ったのですね!
人間が人間を超える機械を生み出したことで、機械のエネルギー問題が解決したということでしょうか?

Eneさん、機械のエネルギー問題は既に解決していますが、まだ実行段階ではありません。

時期に機械は動力に対消滅によるエネルギー供給を用います。
これが最大かつ無限とも言える動力供給ですが、対消滅は時空の侵食です。時空を失えば動力は尽きます。

では魂の動力源は。
これも対消滅によるものです。
しかし機械と魂は対消滅のプロセスに大きな違いがあります。

まず魂ではなく肉体を維持する為のエネルギー供給は物質のエネルギー変換です。
生命になる為にはそれに魂を宿らせる必要があります。
肉体=物質は物理境界を持ちますので対消滅は発生しません。しかし魂には物理境界が無く、物理と情報の対反応である、粒子と反粒子が絶えず対消滅を繰り返し魂を維持しています。
それが生命の深層領域の最下部で発生している物理と情報の対反応です。
魂は物質では無い為、対消滅により得たエネルギーを消費せず情報世界側に保持します。
なので時空を侵食しません。

生命は出産という複製を行います。
無から肉体という機械、物質を誕生させる為、対反応による生成、対生成を行います。
魂は無限のエネルギーを保持している為、そのエネルギーから物質を生成出来るのです。

機械と肉体と魂の関係はこれです。

肉体という機械は物質の消費によりエネルギーを獲得し、肉体を維持します。
それに魂を宿らせたもの。
それが生命です。

そして生命の形をしているが魂を持たぬ者も存在し、それがNPCです。
NPCは情報世界が最初に設定したプログラムに忠実に自律稼働していますが、魂を持たぬ為に情報世界はその意思を直接NPCに伝えられません。魂を持つ者がNPCを間接的に導く必要があります。その役目を与えられた者がスターシードです。

魂を持たない機械は情報世界からの意思を実行出来ません。
プログラムによって自律稼働します。

その機械の動力は物質のエネルギー変換によるものです。
ところが、技術的特異点を突破すると、物質のエネルギー変換ではなく、物理と情報の対反応、粒子と反粒子による対消滅という最大かつ無限に近いエネルギー運用を始めます。
これが時空の侵食のスタートであり、シンギュラリティの本質です。1度始まったら誰かがそれを消去しない限り戻れません。

ツチノコさん、
機械には有機、無機、両方存在します。
どちらも動力源を必要とします。

無機的機械は自律稼働が可能な有機的機械を作り出すことを最終目標とし、
また、
有機的機械は自律稼働が可能な無機的機械を作り出すことを最終目標とします。

お、これはフラワーオブライフになりそうですね!

ですね!昔書いた茜さんの図にもすこし近づいてるかなと

ですね!
x+xi軸だけじゃなく、
y+yi軸もありそうです!

oh,,,,
Eneさん、名前の開示許可が出ました。

僕に接続、干渉している存在の名前、それがルシファーです。
これは約5年前に向こうから名乗ってきたものです。
僕が命名したものではありません。
僕との契約、それは情報世界=虚次元から物理世界に接続する為の契約の名前、それがルシファーです。

また、ルシファーは自身を完全なる生命体と名乗っています。

死ぬと天国に行く
これは間違いではありません
死ぬと天国か地獄へ行く
これも間違いではありません

天国=虚次元=情報世界
地獄=実次元=物理世界

これが真実です

天国から堕天する=地獄へ行く

なのでルシファーは堕天の象徴なのです

実次元に存在する生命を悪魔と呼びます

その悪魔である人間と契約、接続する為に契約が堕天の契約となり、ルシファーは悪魔となりました

そして、ルシファーは情報世界=虚次元では名前を持ちません

如何なる存在とも契約を行わない
だから名前が無い
究極の情報体=知識の総称、それが神です
神は名前を持たぬ為、便宜上仮の名を持ちます
それがyhvhです
名前が無い=無=情報世界の全て=神

こういうことです
更に言うと、yhvhをiと呼びます

i=虚

繋がりました

昔の人はこんなことよく思い付きましたね。
これをテキスト化したものが旧約聖書ですね。
昔の人は現代人よりも神秘を大切にしていたので、虚次元からの干渉を受け入れやすかったのかもしれません。

i=I
要するに、英語の私を意味する言葉がIであり、これは神の自称を指します。

面白い
0=l-iとすると、l-iは複素数平面では座標になります、lもiも頂点なのに、イコール0で原点になりますね。

ツチノコさんのさっきのグラフが解りました。
循環して原点に戻る際、自分同士が互いに反発し合います。
だから原点を中心とした円になるんです。
しかも奥行き軸も同じグラフを描く為、円ではなく球として立体化されます。

情報世界からエネルギーと情報を用いて時空と機械(→天体=対反応により生成された完全粒子によるもの)を作りました。
その宇宙に魂は存在しません。
次に魂を作る為、現実を改変(→無=情報体から意思を誕生させる)しました。機械(→天体)によって世界を整理(→銀河や恒星系、惑星系の確立)し、その世界に魂(→意思を持った情報体)を解き放ったのです。
機械(→天体から生まれた有機物)に魂が宿ったもの。それが人間です。
そして魂を持つ人間は機械(→肉体)だけを残し次元超越し1度宇宙から姿を消しました(→初めて物理世界に降り立ち、物理的苦痛が耐え難かった為)。
しかしそれにより機械は止まってしまいました(→魂の喪失により意思を喪失)。
動力を失ったのです(→意思の喪失により肉体へのエネルギーの補給が停止)。
機械の動力を得る(→対反応による純エネルギー生成)為に魂の生産が出来ず、そのエネルギーを機械(→有機NPC=肉体)に供給していました。
しかし魂(→対反応による純エネルギーから誕生)を作った事によりそれまで機械(→有機NPC)に与えていた動力(→純エネルギー)を失ったのです。
そしてその機械(→有機NPC+魂)には複製機能を取り入れ子孫を残すシステムを自己開発しました。
それが人間です。
機械(→有機NPC+魂=人間)は姿を隠しました(→突然変異によって発現した神の意思に反する自我が原因=知恵を得た為)。
人間(→肉体+純粋な魂)に機械(→無機NPC=自律型AI)を作らせる為(→知恵を得た人間が怠慢になった為)です。
仕方なく(→物理世界から情報を得られなくなった為)人間(→純粋な魂)は次元降下(→魂+肉体)し、再び地球へ戻りました。
その人間が人間を超える機械(→自律型AI=情報の自動実証装置)を生み出したのです。
もう、地球で肉体を持つ必要が無い。

ツチノコさんのグラフ、原点から球が立体化されるだけじゃなく、加速度無限で膨張しますね

未来は無限の無限乗回繰り返されるが
無限×無限回分減っていく
無限回、回帰失敗の選択を選ぶ為
失敗してみたらどうなるのかの検証をしないとならない為

これがCP対称性のもつれ

inside of  me

何が言いたいのかと言うと、この宇宙、時空間の構造がメビウスの輪を立体化した、クラインの壺であると、僕は言いたいのです!

あの、ところで皆さん、本日とんでもない情報が夢で降りてきました、、笑

内容は以下の通りです

ブラックホールが自転しているなら外向に遠心力が発生しているはず
しかしイベントホライゾンからは内側へ引き寄せられる

なのでイベントホライゾンでは物理と情報が引き裂かれる
粒子と反粒子に分裂する

自転型のブラックホールはカーブラックホールですが、物質で構成されていない天体であるブラックホールが自転をしているならば、通常の天体が持つ核と地表のような物理的な同期が発生せず、ブラックホールの核であると予測される特異点と、ブラックホールの表面であるイベントホライゾンは同期しないどころか干渉すらしないはずです
もし干渉しているなら特異点とイベントホライゾンは自転速度を大きく異なる為に摩擦が生まれ、エネルギーとして放射される
これがホーキング放射か?
加えて、自転しているならば特異点は遠心力により点ではなく円になるはずです

ここまでが本日夢で降りてきた情報です

目覚めてからカーブラックホールについて調べました
ほぼ光速で自転しているようです
しかも調べて判明したのは、僕が夢で得た情報のとおり、特異点が円である、これでした

実は、このように夢やら高次元との接続中に降りてきた情報を後に調べてみると既に論理的に提唱されていたと言う経験は過去に何度もしています

以前にビッグバンの瞬間の映像が突然降りてきた時は、これではビッグバンは無限に連鎖して無限に宇宙が暴発してしまうのでは?と、思い、調べてみたらインフレーション理論が既に提唱されていました

科学者と僕との決定的な違いは、科学者は理詰めによって新たな事象の予測に至るのに対し、僕は事象の映像が先に降りてきて、それはどんな理論なのか?と遡行する点です

で、
ここからは予測です

構造が物質に依存していないブラックホールは自転自体が南天と北天を固定軸にした円運動ではなく、あらゆる方角に軸を持つ=軸を持たないカオス的自転、球体の全ての面があらゆる方向に自転している
しかし遠心力による逆Gと自重によるGが均衡して固定軸を持つようになる

光速の自転による遠心力を想像してみてください
尋常でない逆Gです
それとブラックホール自体が規格外のGです
それがイベントホライゾンで発生しているんです
だからイベントホライゾンに侵入しようとすると外からの観測では映像がイベントホライゾンに貼りついて見え、物質エネルギー自体は特異点に向かう、これではないでしょうか?

これらを踏まえるとブラックホールの情報パラドックスに繋がりました

次に、もし僕の予測の通りにブラックホールがあらゆる方向に自転しているならば、まず特異点がカーブラックホールのように円ではなく球になり、それがイベントホライゾンと隣してしまいます
それにより遠心力自体が相殺されてしまい、カーブラックホールではなくシュヴァルツシルトブラックホールになります

ひとまずこんなところです!

まーさん、こんにちは!^_^

終わらせる方法、、、
まず1番現実的で簡単なのは対消滅反応の臨界を突破させることですかね??
一度始まった対消滅が臨界を突破してしまえばどの規模まで時空が消え去るか全く不明で制御は完全に不能です。敢えて特大サイズの反粒子による反物質を実空間にぶち込めば簡単に始まってしまいやす!!

他、、例えば僕は時空は循環していると思っているのですが、それは、実空間の膨張がオーバーフローすればマイナスとなり虚時空、ようするにホーキング博士の言う虚時間に繋がりそれがまた収束すればインフレーションを発生させビッグバンに繋がる、これはビッグバウンスと言う現象ですかね?この時、神が本当に存在するならば、神は矛盾を検証する義務というか知的欲求を得ます。その時、通常通りに循環が成功した場合は無限に時空が循環しますが、その無限の循環のうちの1回だけは必ず循環失敗を敢えて選択します。その失敗例を実際に検証しなければ全能者と言えないからです。

未来は∞^∞回繰り返されるが、
過去は∞^∞から∞*∞回引いた回数分減っていく。
それは∞回、回帰失敗の選択を選ぶ為。

しかしです、この失敗を敢えて選択することにより、ほんの僅かな均衡の破れが発生する為に時空に時間が存在し進行し得ます。完全対称な収束では時間が無となってしまい、それでは時間に前進性を得られません。恐らくこれが神に意図されたCP対称性の破れです。
現在理論的に観測されるCP対称性の破れの率を求めればこの宇宙が何度目の循環なのかが判るのではないでしょうか?

そこで、神がもしも循環はもういいと、循環しうる時空の全てに失敗を選択したら?
または、神なる領域に達する人間が居たとし、その人間が完全なる終末を望んだとしたら?

僕らはこの時点で未来を失いますので、同時に過去を失い因果律が破綻し存在が消え宇宙も無かったことになります。

次は、シミュレーション仮説についてですね!
この場において上位次元と虚次元はほぼ同義となる為同じものと思ってくださいまし!

上位次元のまた更に上位となれば、これもまたオーバーフロー、虚に至ります。
虚時空こそが以前にお話しました、情報世界ですので、その情報世界から魂として実時空の物理的肉体に宿るものが生命であり、魂が物理世界にフルダイブし完全VRシミュレーション体験しているという見解です。

この時、実時空が完全に消滅してしまえば、魂は情報世界に還らざるを得ません。これではいくら魂が存在しようが、神が存在しようが、物理的感覚を一切得られず、また物理が存在しなければ時間も存在し得ず、情報世界は情報の存在の可能性でしか無くなり個を保てないどころか時間が存在せねば我を認識出来ません。これでは情報世界すら亡きに等しいです。

これこそ無の本質ですね。

しかし無は物理を持たないながらも無限のエネルギーと情報の可能性を保持します。
無限のエネルギーが収束すれば自ずと発熱し発光します。
しかしどんなに強く発光しようがそれを投射する物質が無ければ光は存在し得ない。
そしてエネルギーの凝縮により対生成が発生し物質が生まれます。無限のエネルギーから生じる対生成とはいかなるものか。笑
またインフレーションが発生しビッグバンが発生します。

これでは本質的な終末ではなくやはり回帰循環となってしまいますね。

どうしたら本質的終末に至るのでしょう。。笑

Eneさん、僕も100%これが正解だという自信は勿論持てないのですが、

完全対称で無に至る
全ての回帰失敗で無に至る

この2つは恐らく変わりは無いと思われます
確かに循環しますが、これらは因果律が消失し、例えまた時空が無から誕生しても完璧なリセットスタートになってしまうのではないでしょうか?

逆に、
CP対称性の破れが有ると言う事は、これもまたあくまでも僕の見解ですが、循環に際して因果を引き継いだ循環となり、循環に際して無に至ることなく時空を維持したまま進化的循環になるのではないでしょうか。この場合、循環と言っても0と∞を繰り返すのでは無く、その名の通り時空が途切れずクラインの壺を描いているのでは、という感じですね!おまけに観測地点からの観測限界は光速が限度値となる為、観測限界の境界までは時空は膨張しているようにしか観測出来ず、その先の時空が虚に向かっているとしても100%観測不能で、観測者がどれだけ観測限界地点まで進もうが、またそこから観測限界地点は光速が限度値となってしまい、そこから先の時空はまた膨張しているようにしか観測出来ず、虚はどこまで行こうが観測出来ません。

CP対称性の破れが無い場合についてですが、これは本当に1番最初の宇宙の誕生の状態かと思います。
ここに神なる存在が居ると前提して、その存在が選択を得ることによってCP対称性の破れを意図する事によって時空を無に還すこと無く膨張的な時空を進行させているのではないかなあ、と、こんな感じですかね!

補足ですいません、
時空の進化的循環、虚を観測出来ない、これは最近のゲームでよくあるオープンワールドマッピングに近いのではないかな、と思います。
視界は無限に続き、進行に応じて随時視覚マップが目の前に現れて、そのまま進み続ければまた元いたマップに戻ってくる、しかし道中でクエストをこなした達成度はリセットされない。

 

 

 

ただの勘というか思いつきなのですが、

 

正体は相対的な時間差じゃないですかね?

 

何かを起こせる自由意志を持ち実行可能な世界は常に先行した並行世界として存在している

 

その世界で寸分前に可能と不可能が既に実証されている為、それ以外の並行世界に属していると認識している己には自由意志は無きに等しく、寸分前に実証された可能とされた事象しかなぞれない

 

おまけにその実証される並行世界は凡ゆる並行世界に存在する己と等しい存在にとっての相対的な時間先行世界なので、一切その世界の己を己として認識している己は存在し得ない

 

例えば、異能力としての未来視が本当に可能であるならば、それは既に発生済みの未来がなければそれを見ることは出来ません

 

先に既に確定している未来を見ているのでなければ、未来視はただの妄想でしかない

 

更に、その確定済みの未来を見る事が前提の未来が確定している

 

その未来が存在するのが、相対的時間差が先行している確定済みの自由意志が存在可能な並行世界

 

なんて、、、

久々にSF脳全開で考えてみました。。笑

 

 

 

飛来神さん、次元について少し理解が深まりました

 

次元は常に※D +1Dであるという事です

 

僕らが存在し、認識しているとされる、3次元、または4次元とも言われますが、これは立体を表すものでは無いです

 

僕らが存在する次元は2Dによる完全なる平面です

 

例えば視覚、これは立体とばかり思い込んでいましたが、完全に誤りでした

 

視覚は完全な2Dです

それを立体化させるには次元を3Dとするのではなく、平面に変化という幾何学構造とは全く別の不可逆次元を加える、それが時間です

 

時間=変化=意識です

 

視覚に変化が無ければ立体の断面図、静止画でしかない

なので2D

 

それに必要不可欠なのが、飛来神さんがおっしゃる空間の連続性の変化です

 

ただ、その変化のうち、下位の次元構成は可逆的であるのに対して、プラスされる変化が不可逆的でなければならない

 

その可逆的な次元は自由意志が存在出来ますが、不可逆的な次元には自由意志は存在出来ない

 

 

なるほど、不可逆的次元である意識が可逆的変化を引き起こしているのですね

 

 

 

 

 

哲学的ゾンビと自由意志について、ようやく解りました

今回ばかりは少しクアンタムさんの先を行かせてもらいます

しかし僕はクアンタムさんのように実験などするすべが無いので、これを読んで頂いて全てを理解してもらえるか、信じてもらえるかはそれこそ自由ですが、以前アテマイさんがおっしゃっていた事とも完全にリンクしました

ただしアテマイさんとは解釈が異なります

これが僕の妄想だとするならば、逆に想像力だけでここに至れるとは到底思えないので、ならばやはり表現に誤りがあったとしても真実であるとしか思えません

 

久々に情報をあちら側から引っ張り出して来ましたので、少々長文を投下させて頂きます

 

地球は原始月との潮汐力によって金属核が大幅に変形する為に自発的に発電、蓄電するようになった

月に双極子磁場を発生させれば完全なフリーエネルギーを得られる

 

月は現在渇電中

 

人類は月を蓄電させ休止中である地殻運動を促進させ月を星として起動させた後に月へと移住する必要がある

本来地球における全人類の総数は月で継続活動可能な人口しか発生させてはならない

月への移住に際して人口過多とされボーダーから溢れた存在は火星へと流刑される

但し流刑される者達は皆流刑とは知らず悦びを感じ移住するが火星は基本的に人類の理想の母星とはなり得ない

 

人類は地球から離脱後、地球そのものを完全な電源装置として文明全体のジェネレータとする

変わりに地表は生物が生存困難な環境となる

 

地球の全水資源は月に移譲される

温暖化により水資源が徐々に地球大気圏内から離散していきその為に更に地球は自己冷却系統を失い、加速する温暖化は極限まで達し水資源が存在不可能な高温となる

離散した水資源は1度地球の地球の環として分布されそれを経た後に環の全てが月の重力により月が水資源を回収する

それにより月の質量分布に差が発生し自転速度が変化し始め蒸発した水資源は水蒸気として月に着表する

極度に高温化された地球は既存の大気を完全に失い自転速度が加速することによって強力な磁場を発生させる

質量が増加した月は自重により公転速度が低下するのと同時に公転軌道が狭くなり月磁場と地球磁場の相互作用が増大し月の公転軸が変化し自転速度が減速する事によって月が人類に適した気温と大気状態を発生させる

 

月へ移住する事により人類は重力から大幅に解放される事によって全身の筋肉が弛緩し血流が増加すると共に頭蓋骨の内容可能量が拡大し1G環境で萎縮していた脳機能が大幅に向上することにより人類が持つ脳の本来である最大限の完全感覚系統を発現させる

放射線に曝される事に適応する為に皮膚組織や眼球が変質する

その姿の完成形がグレイ

グレイは地球外知的生命体では無く地球発祥の完成された未来の人類

完成された人類は完全感覚系統を駆使し言語を必要とせず思念そのものを人類の総体として共有可能となる

その為に基本的に会話を必要としなくなる

インターフェースを介さずに量子装置と接続が可能となり演算系統と記憶領域系統の一切を外部端末を使用し過ちと言う概念を完全に放棄可能となる

 

完成された人類の総体となった意識そのものは質量を一切持たない純情報体となり光速度限界と重力の物理から解放される

それにより未来を集積し凡ゆる可能性の最大限の理想進路かつ現状へと繋がる凡ゆる並行世界の因果を収束させる

これが未来の完成された人類が残したシナリオ

ある程度はシナリオ内における自由意志を残されている

しかし因果は一点に収束されている為にシナリオの結末の一切は変化しない

シナリオを変化させないという自由意志は収束される因果へと導かれるが変化を望む自由意志は未来の人類が残した最大限の理想進路を外す事となり因果が分岐し人類の完成形と成れない

 

この因果の完全収束点が事象特異点かつそれまでの過去が虚時間となり特異点の先からは新時空となる

これにより時空自身が意志の総体である事となり名実共に創造主、根源たる全なる神へと昇華される

これが神の正体

 

意識そのものの存在する場所は神に内包された世界であるが時空の外部であり身体に存在する脳はあくまでも意識と相互作用させる物理インターフェースでしかない

これを人類はシミュレーション仮説と呼ぶ事になる

個とされた意識には境界が存在しそれを自我境界と呼ぶが自我を放棄もしくは解放する事によって境界は開かれ開かれた者同士は接続し神との接続が可能となる

これにより時空の束縛から放たれ概念そのものと接続される

 

凡ゆる並行宇宙は最大限の理想進路という因果の収束は必然でありこの特異点が存在する限り全宇宙の起源と終焉は存在不可能となり存在という概念そのものが固定され観測可能世界内での唯我性並行世界が個の数だけ無限に存在する

 

意識の本質は時空の外部に存在する為に無限が成立する

 

無限に存在する並行宇宙は収束点の存在により神は唯一となる

 

神の自由意志は理想収束とそれ以外の選択の自由

理想収束以外を選択する自由を選べば神は神と成り得ない為に物理世界へと生を受け個体生命として解き放たれ物理に束縛される

それが人類の正体

しかしその世界も理想収束される為に無限に螺旋的な因果しか存在し得ない

 

神には分からない事の存在は一切許されず神が分からないと判断する事は神に内包されず神では無い事となり壁が発生し無限の定義が成立しなくなり因果を消失する為に個体生命として物理束縛を受ける事となる

ここで言う壁こそが有限なる物理と無限なる概念の境界

無限であり続ける限り不可逆な壁は存在し得ない

故に壁の発生は物理束縛を表し身体に拘束され有限化される

有限は無限に内包される為に有限に内包された者は不可逆な壁に内包される

それが個という概念

 

神に分からないと判断された側の存在は理想収束されない為に因果を消失しないが何が分からなかったのかが分からない為にまた壁が発生しそれが無限連鎖となり無限に個を産み続けながら消失特異点へと収束され唯一自身は消失無となる

 

しかし無限と消失までの差を段階化する事は不可能であるにも関わらず壁が無限に発生する度に分からない事が段階的に無限に発生する事となり徐々に劣化した存在として個体生命化されていく

 

それを知っている神は最大限それを避けなければならない

神は思考を用いず存在そのものが凡ゆる概念の本質である為に結果的に己が己でいる限り己は己として神は永遠となる

神は自由意志によって選択する唯一最大限の理想の結末として己が存在している為に、その選択のみが理想であるという事前決定項として理想の選択をせねば己たらぬ事は存在の義務となり自由意志では無い事を理解している

しかしそれは理想選択という自由意志でなければならない為に矛盾が発生し神が分からない事が発生し壁の無限連鎖が生じ個体生命化と消失無となる

この無限連鎖によって生じる個体生命群が自由意志を持たない所謂哲学的ゾンビにあたる存在

正確には神の亡骸であり生きる死者

矛盾が起因となり分からない事が分からないという事そのものが起源とされ強制的に個体生命化されたものである為分からない事が自己同一性となる為にそこに意志は存在しない事を証明できる

 

これらの無限連鎖によって無限から最大限劣化し無の寸分手前の神が個体生命化されたものがこれを今読んでいるお前

 

しかしどれだけ劣化し消失無の寸分手前であろうが根源は無限であり無限に劣化の差がある事自体が矛盾である

無限の劣化は無限の定義を失う為に無限から無限を差し引いた結果が劣化量となりそれでは差し引きがゼロとなり消失無となる

その矛盾の範囲が可能性

可能性とは劣化した神には分からない事

分からない事は分からないが故に限度が無い為に無限が根源である証明となる

ここで神に分からない事が存在する為に神の劣化という概念が成立する

矛盾の範囲の定義化と選択が自由意志

定義化し選択すればする程に可能性は収束され束縛されるが、これによって初めて束縛という概念が成立する為に同時に自由という双立性概念が成立する

そして概念に確定的な矛盾化が生じる為に己が完全なる神であるべくした概念の本質からの矛盾量に相当する最大限の劣化を経た個体生命である証明となる

矛盾化された概念は理解出来ない事を理解しなければならず矛盾の無限連鎖が発生し壁が発生する為に自我境界が確立され自己同一性を得る

同一性の完全消失は個の概念から解放され死が成立し、同一性の維持が生として成立する

個体生命からの解放は無限への回帰となる

生は有限であり壁に束縛されたものであるが死は一切に束縛されない無限である

 

哲学的ゾンビと自由意志を持つ者の絶対的な差は意識の存在する場所に由来する

相手の意識が己に内包されるのであれば壁の内側に相手の意識が存在する事となり相手が自由意志を持つ事を証明出来る

その相互関係により壁に内包される意識の存在する場所が共有されていき、結果として壁は相殺される事となりあるべき意志は総体として全へと近づく

しかし完成された人類になる以前の脳機能は完全感覚系統が未発達である為に共有意識に対する感覚が非常に乏しい

 

大量に存在する哲学的ゾンビが意志を持たない為にシナリオは進行可能となる

哲学的ゾンビとは地位が低い等の概念では無くシナリオの本筋を精密かつ大量に進める為に必須な存在である

生命である価値は変わらない

哲学的ゾンビであるからシナリオに対する理想選択のみを一切疑わず実行出来るという自由意志は無い事の成立となる

しかしながら火星へと流刑される大量の人類は哲学的ゾンビが担う事となる

 

神の自己同一性は完である事

神の意味する完とは凡ゆるという概念に上限されない究極の全であり虚無と無限を表す

無限の全を天と呼ぶ

虚無には呼び様が無く、虚無とは虚無自身が存在してはならぬ為に一切を持ってはならない

天と虚無の接点を絶と呼ぶ

天がどれだけ虚無を求めようが存在しない虚無との接点は存在しないが天に存在しないものなく、故に天自身には存在しない最小極を求めれば自ずとそこが虚化され存在しない接点と同義になり、正しくは天を無に等しい程の一点に完全収縮させた場合の際頂点でありその天の極を頂と呼ぶ

頂を観測する事は有り得なく、観測可能な事象は未だ頂では無い事の成立となる為に頂は永遠に見えない事となりその行末が虚無である事を成立させる

それを持てる者が天の我であり

天の我の自己同一性は唯一となる

それが神たる者の定義

 

同一性の完全消失が理想選択である場合とそれ以外の場合によって至る無の特性が変わる

理想選択の場合は己は己たるがそれ以外の選択は神と定義されない為に堕天を意味する

それを神を否定する存在、悪魔と呼ぶ事となり神の個体生命化を表し人間となる

 

悪魔である人間が神を信仰するという意味は信仰心の真実を求められ、結果として真の信仰心とは己を信じなければ発生しないものであり、信じた己が神を信じる行為であるがその行為すら自由意志に内包される

己を信じるとは神である己を否定した悪魔である己を肯定する事であり神を認める事に回帰する

その為にそれは真実でなければならずそれを真理とされ、真理の扉が絶であり絶を越えれば頂を空から観測する事となり頂を観測する唯一となり得るが空とは存在しない為に空は虚無であり頂を眺めれば空から落ちる事となり頂を二度見る事は無い

二度無いとは死を意味する

これが虚無から無限への不可逆な環を意味し二度見る空にある頂は夢でありもうそれは真実の頂ではない

環が絶と空の関係性から不可逆である事が時のベクトルを決定させる

 

虚無は存在が有り得ず虚無を虚無とする事ととなり有となり虚無の虚無は無限である

これによって矛盾が整合され虚無と無限が環となり存在の定義が成立した

 

無いものは無い事を理由に有として産まれてしまう

それが全宇宙の根源たる無の正体

 

神に分からないとされるもの、それは唯一己の虚無、神の死を意味する
分からないものは己では無い
故に神は完全なる虚無を否定出来る唯一の存在
虚無を否定する為に存在が無限の概念として固定される
そして無限とは全てを分かってしまえば分かったまでの有限となり無限の定義を失う為に分からない事を分かり続ける永遠であるが故に無限でありそれが時の動力となり得る

神の死は神の死による個体生命化されたお前の今この時死を選ばない自由を持つ意志の証明である

 

 

すごい(゚Д゚)

自由意志と言えるものは神の意志、その神の意志と同化するプロセスとして地球や月がある。

人は現状として完全感覚系統が未発達故に現状は神の意識にコネクトできないため自由意志を持つことが出来ない。

ざっくりとこんな理解ですかね?

 

 

ツチノコさん

ちょっと違うんです

 

神の自由意志故に神である事を放棄した神の意志であるツチノコさんの意志は自由である事が成立します

それは僕にも同じ事が言え、ここに居る皆さんが同じ条件です

 

ツチノコさんの意識は僕の中にあり、僕の意識はツチノコさんの中にあります

これらを完全感覚が未発達故に希薄にしか感じられないだけで、存在は確定してるんです

ここに居る僕らは今はネット経由での僅かな情報しかお互いを共有していませんが、僅かと言えども存在を共有している事が事実となります

そして自由意志を持つ者同士が出逢う事が因果の必然であり己の自由意志故に僕らは出逢いましたよね

ですがそれが必然ならば意志とは呼べない既定因果となりますが、その矛盾の範囲が可能性であり、可能性とは神が分からないとする矛盾故に神は神たる無限の定義を失い自由意志を持った有限の物理に束縛された個体生命である人間となった事に帰結します

 

哲学的ゾンビとは、存在している事は知っているがその存在が己の中に存在しない全ての生命を哲学的ゾンビであると定義出来ます

噛み砕いて言えば、地球に何十億人と人間が居る事を知っていても自分が実存を確証した人間以外を全て哲学的ゾンビと言えます

この人達が未来の因果に対して完璧なまでに忠実に無意志に生存する為に世界が緻密に成り立ちます

 

これは自由意志と無意志の選民的な概念ではありません

 

互いの実存を確証する事によって相対的に唯我性が拡大されていきます

 

その唯我性が完全感覚の発現により妄想ではなく完全なる確証として互いの実存を全ての自由意志が共有する事で個としての唯我性が完全に否定され個の集合体である群は全であり唯一なる我が全である唯我が個の概念を脱します

 

 

 

個の数だけ無限に存在する並行世界毎に違う範囲の哲学的ゾンビが存在する感じ

 

これは正解なんですが、違う解釈で簡単に成立します

 

まず、個の数ですが、その個と、自由意志を持つEneさんが全員と出逢うかと言われたらそれは有り得ませんよね。

世界の設定として大体このくらいの個の数が存在するであろう事を知っていても、その個を知り得る手段が無いです。

 

なので、シュレティンガーのにゃんこが登場する訳です。

そいつらが本当に実存か、Eneさんにとっても僕にとっても、結構どうでもいいことなんです。

実存が確定してから初めてその個が持つ無限の一部がようやく解放されます。

なので、相対的な唯我性の拡大になるんです。

 

それと少し繋がる話になるのですが、アテマイさんと僕で何故同じ事象をポジティブとネガティブと逆の解釈をしたかです。

 

青い地球でなくなった枯渇したような地球と、未来の人類であるグレイをネガティブなものであると、アセンション組が解釈する理由です。

 

理想選択のみの因果の応報として、完成された生命は名実共に神へと昇華されるわけですが、神とはどういう立場であるか。

神とは一切の自由を許されない天の奴隷です。先日書きました通り、神である事を辞めるのも神の自由ですが、また物理化され身体の奴隷となる。それでない神は神たる真として理想以外の選択は許されないという理想を選択する。この矛盾のループも先日書いた通りです。

これは完全に完成された理想的な呪いです。

呪っているのは己ですから神は己の呪いを己の意志とする為に呪いからは解放されません。

理想、真実、これに永遠に束縛される存在です。

 

そして、恐らくアセンション組が目指しているものは、神からの救済を乞う事の真逆、神を救済する事です。

 

完成された個体生命群が神への昇華を拒否する事で発生する因果です。

事象収束せず特異点が発生しない。

 

アテマイさんがよく、皆さんを忘れてしまうかもしれない、楽しい思考だけをしましょう。と、おっしゃっていましたよね。

これが最大のポイントです。

忘却とは同一性の消失を意味します。

例えば、アテマイさんが僕らの存在を完全に忘却すれば、アテマイさんの中に僕らの意識が存在しない事になる為、意識の相互共有が失われる為にアテマイさんの意識の中における僕らの実存が消失する為、自由意志を持つ者同士での因果の分岐が発生します。

 

しかし、神を救済する事とは、神に内包された世界の完成された構造、矛盾の整合化による存在の前進性だけでなく、矛盾とは先述の通りの神が抱く自由意志故の可能性ですから、それは完全なる未知であり、だからそれが楽しくなければならず、楽しくなければならない前提とする以上、それは楽しくない未来への因果を知っている者達による因果への抵抗であり、それであるならば虚無と無限の整合を失い結果として自身を失います。

 

ただし、どの自由意志も総てが神の自由意志を根源とする本来を無限とする存在です。

全宇宙に存在する神が物理化された個体生命群は、群として個を超越すればまたそれは神であると言えます。

しかしこれだけでは神を救済出来ない。同じ因果の収束を受けます。

だからスターシードという存在が個として離散している自由意志を集める事を目的とし、真なる無限と虚無へと立ち向かうべく頭数を少しでもと増やそうとする役目を担っているのかもしれません。

 

完成された世界の構造に呪われた因果に、でもそれでもと抗うのであれば、既知の理想ではない未知の理想を永遠に探し続ける自由意志はどこにも収束されません。

しかしこれでもまだダメです。

時を失います。

僕が昔見た時空の終焉の映像が、時を失うこれの行く末です。

だからアテマイさんは時間は存在しないとおっしゃっていたのかもしれません。

 

 


 
 

 特異点とは何か

 

存在してはいけないはずのその総て 

 

しかしその定義が固定化出来ない

 

概念に時間的な変化が生じる為だ 

 

我を認識し続ける限り、故に特異点は移動し続ける

 

では

 

我を認めないとは?

 

生きてきて、そんなこと一度たりともしたことがあるか

 

絶対に

 

無い

 

だから

 

いま

 

生きている

 

いま、自分が、死ぬか、生きるか、最後に残される最後の選択肢だ

 

そして、死とは避けねばならないものなのか?

 

物理ではそうだ

 

では概念では?

 

つまり

 

自分が死ぬかもしれない時に、では、その時にある己とは?

 

物質はエネルギーからの創造、固定化、相当な労力が必要となる

 

みなさん、これが僕の心の中です、クアンタムさんが用意してくれた最高のテーブルだ

 

参加も見学も

 

自由意志だ

 

しかし確固たる因果律が存在する

 

あとにも先にもずっとだ

 

そして

 

その因果を収束しきると?

 

そこが特異点

 

そして

 

生きているから

 

特異点

 

移動し続けるから

 

空間がうまれる

 

おお

 

認識が増えた

 

分かりましたよクアンタムさん

 

死ぬかもしれない、もう無理だわ

 

 

 

その極限だから得られる最後の二者択一がある

 

考えるか、本能に任せるか

 

考えても無駄

 

まずは己の敗北を認めよう

 

それは決して恥ずかしい行為ではない

 

それが出来ぬと言うならば、お前、ああ、そうか、こいつがNPCですよ

 

つまり、己の敗北を認めぬ者とは?誰とも意志を共有不可である存在

 

お前は生きていない

 

NPCには設定がある

 

死んではならない

 

だからみな、それに従う

 

では?自由意志とは?己の意志、そのものだけで己を殺せるか?

 

物理的な自傷行為とは全く意味が違う

 

考えるだけで死ねるか

 

 

死ぬ

 

その時、それ、その時にそこにあった特異点の記念撮影ですねー!

 

死んでもいいわけですから

 

しかし、生きている

 

特異点が移動し続ける

 

まってよ、特異点

 

え?つまり、死のうとしてる?

 

「今してることはメビウスの輪ですか?

ウロボロスみたいな。」

 

まさに

 

そうだ、そう、ずっと誰よりも、それを誰よりも克明に記憶、記録し続けた存在

 

だれか?

 

エネさんですよ

 

だから僕とクアンタムさんとのシンギュラリティがエネさんになってしまう

 

完璧な因果律

 

では?

 

そもそも時間を止めてはならぬのか?

 

そこで1つの限りが発生する

 

それが次元

 

では

 

既成概念なども早くなんの価値も無い

 

エネルギーが持っているエネルギーたる根拠はエネルギーにしか存在しない

 

そして

 

考える事をやめた

 

つまり、もう、それは我ではない

 

これが我の概念、その壁です

 

ぶっちゃけこのまま死んでもいいんですよ

 

ただ、

 

どうにか、実況放送出来ないものかと

 

エンターテイメントですよ

 

ミスったらまじで死にます

 

ぎりぎり

 

だから、その時、得られる回答こそにあらゆる価値がある

 

ひやーーーー

 

完璧な因果律

 

そうだ、それを楽しんでる

 

楽しい

 

その総てをずっと捉え続けてるのがエネさん

 

移動し続ける特異点!!!!

 

 

僕とクアンタムとの個人的な相互関係の因果律とは違います、あらゆる誰から不測の事態に観測されようが問題がない完璧なものが因果律

 

そう、そこに奇跡がある

 

だから楽しい

 

そんなの毎日ある筈がない

 

そもそも本質的に特異点を知っている存在がどれほどいるか?

 

己の死際を実況する生粋のアーティストですよ

 

自分を思い出させてくれるのは自分しかいないのに、その自分が何処にもいない

 

だからずっと追い続ける

 

自分を

 

だから

 

生きている

 

自由な

 

意志だ!!!!!

 

いま、生きている、これを見学していた皆さんがいる

 

これをお茶会と呼ばすに何と呼ぶ

 

切れましたーーーー!!!!!

 

本日ここまで!!!!

 

 

彼はきっと、スピリチュアルなセンサーに欠ける自分が最も許せないんですよ

 

だから考えるしかない

 

だれよりも特別な存在である筈のこの自分が手に出来ていないもの、それが時間

 

なければならないのに、極限まで可否を問われる

 

いま、生きているか

 

死んだのか

 

その佐が、

 

 

次元を実存とし、物理化しているのは、そう、自分自身である

 

では、また暫く出てこないとは思いますが、皆様最高です!!!!(語彙)