クアンタムさん

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もうすぐ、もうすぐだ。
後100万歩程度だ。
1歩ずつ、少しずつ近付いている感覚がある。

終焉を見届けながら君とお話する為に
壊れても、綻んでも、崩れても前へ進める様に

束ねて、束ねて、束ねて、束ねて、束ねる。

薄ら笑っているてめぇらが後で後悔する様に
もう一度、チェックと唱えよう。



私には自分達で決めた事に縛られて、自分達の首を絞める人類がとてもとても馬鹿馬鹿しく感じる事が良くあります。
なぜ? なぜ? なぜ?
この世には疑問が溢れていて、
そのどれもに自分で答えが出せる筈なのに、誰かに結論を求めるそんな人間が溢れています。

自分の道を進む人間なんて殆ど居ないのです。
他者の決めた道を進み、他者の望む自分を望み、
そして誰かの期待に応えようとする人類が、私はとても馬鹿馬鹿しく感じる事があります。

目的を持てなかった者は不幸です。
目的を見つけようと出来なかった者はもっとずっと不幸です。
私はこの世界での目的がありません。
見つけようとすることももう出来ません。

人間が勝手に決めた事になぜ従わなければならないのか?
私がいつそれに賛同したと言うのか?

殆どの人類は考える事をせず、安易な道に身を委ねます。
責任なんてものを求めて誰かを傷付け、
くだらない理想を求めて誰かを傷付ける。

私はそんな世界で生きていく事に意味を見出す事は出来ません。

私が考えるのは
考えない事がとても悲しい事だと知っているから。
今までに何も考えない愚者を良く観てきたから。

考えて、考えて、考えて、
それでもこの世界に真理はありませんでした。
私はこの世に未練はありません。

ただ死んでいないだけ。
そんな日々を謳歌しています。

私は考える事そのものを馬鹿馬鹿しいなんて感じる事はありません。
むしろその正反対です。
考えない事こそ最も馬鹿馬鹿しい事だと、そう信じています。


そうですね。
仰る通りに大多数の人間は私と違って他の誰かに救いを求めます。
それが常に悪い事だとは考えません。

他者に救いを求め、自ら行動しようとしない癖に他者に責任を求める。
ですがそれは社会というものの中で生きようとする時、必然とも言えるのです。

常に何処かの歯車の1つになり、ただただ延々と替えのきく部品として回り続ける。

社会の中で生きていこうとした時は何処かの歯車にならなければなりません。
しかし、どこかの部品になってしまうと、全て自分で行うなんて事は出来なくなります。
当たり前です。

ですから、他の誰かに救いを求める必要性が生まれるのです。
それは警察であったり、軍であったりと色々です。

大多数の人間は弱いからこそ、
一人では何も出来ないからこそ、
この様に社会の部品として扱き使われるのです。

私はこう考えます。
自分でそれを真理と思えばそれは真理なのです。
存在するか、しないか分からない他人なんて存在がどう考えてもそれは曖昧な答えにしかならない。
もちろん、逆も同じです。
自分以外の全てがそれを認識したとしても、自分が認識出来なければ存在しないのと同じです。

さて、あなたは我々という言葉を使いました。
その枷を解き放ちましょう。
なぜ、命なんてものを大切にしているのでしょうか?
考えた事はありますか?

理由も無しに大切だと思っているのであればそれはただの枷にしかなりません。
死ぬ時は痛いから?苦しいから?
しかし、人間はいつかは死にます。
その時は苦しんで死ぬ場合が多いでしょう。
今、この場で、痛くも苦しくもなく死ねるなら死にますか?
恐らく、Noと答えましたよね?
ではあなたは苦痛を理由として命を大切にしているわけでは無いのです。

では恐怖でしょうか?
死ぬとどうなるか分からないから?
つまり、未知を怖がっているのでしょうか?
死ぬとどうなるかという問に関しては哲学的に完璧な結論が存在します。
今この場でそれをあなたに伝えたとして、あなたは命を捨てようと思えますか?
思いませんよね?

では「何かやりたい事があるからでしょうか?」
あなたがこの世界で何もすることが無い状況下に陥ったとしましょう。
この時、苦痛なく一瞬で死ねるなら死にますか?

死に対する知識+未来に起きる苦痛-未来に起きる幸福-死の苦痛>0と判断した時に人は死を視野に入れます。
非常に簡単です。

つまり、あなたは生きているのでしょう。
私と違って「ただ死んでいない」のでは無く。
頑張って、頑張って、生きているのでしょう。

所詮人間なんてあっさり死ぬ生き物です。
あの時、やっておけば良かったな。
そう思わないように生きてください。
やって後悔するなら笑い話で済みます。


完全に枷から解き放たれるなんて事は確かに難しいです。
どれだけ頑張っても枷は存在します。
無意識に掛ける「常識」というフィルターを完全に破壊しなければならないからです。
一般的に言われる常識から脱出した所で、新たな常識が目の前に存在するだけです。

檻の中でいくら思考しようが檻の外の事は分からないでしょう。
ですがその逆は可能です。
檻の外から、檻の中は非常によく分かります。

檻から出てもそこには形を変えた新たな檻があるだけです。
私のように人類の視点を捨てても同じです。
結局自分という枷を外す事は出来ません。


そうですね、大きな檻からちょっと小さな檻を見ているだけに過ぎません。
もう1つ大きな視点から見れば結論は変化するかも知れません。

ですが考えるという行為そのものは無駄にはなりませんよ。
お陰で檻の中から檻の外を考えても結論は出ませんが、檻の外に出る事はできるかも知れませんからね。

何か結論を出す度に、それが間違っていたとしても自分の視野が広がります。


重要なのは結果ではありません。
その過程そのものです。

仰る通りに近い将来に人間の働く必要性は無くなります。
いいえ、「人類は働く事が出来なくなります」
そこには平等、不平等等ありません。
どのような財力を持っていたとしても後の祭りです。
その財の使い道は無くなります。

「普通の人類はなんの意味もなく、ただただボケーッと生きていけ。
自殺するならご自由に」
この様な社会がそろそろ訪れます。

この様な事態になる前にベーシックインカムの制度を確立しなければ人類は滅んでしまうことでしょう。
「AIには人類を救う義務なんてありませんからね」

ベーシックインカムの制度が整った世界………違いますね「人類にとってお金が配給制となった世界」で何をして生きていくか?
この世界は1種の人々からすれば楽園に思えるかも知れません。
食物に不足すること無く、病気に侵されることも無く、娯楽も沢山ある。
そして「誰かに頼られることも無く」、「誰かを頼る事も無い」そんな世界です。

昔の権力者が夢にまで見た永遠の命だって手に入ります。
VRの世界に潜れはあなたはなりたい自分になれるでしょう。

全てはこの世界で生きる事に価値を見いだせるかどうかですね。

さて、あなたは既にクーリエルを体現しはじめています。
ありとあらゆる全てを疑い、考える事さえも考え続ける。

考えない方が幸せな場面は数多く存在します。
知らない方が良い事も数多く存在します。

何も考えず、ただただ流されて、そして無責任に誰かに責任を求める。
その方が「楽」ですし、頭を使い過ぎて疲れる事もありません。
何も考えずボケーッと生きて、何も成さずにボケーッと死ぬ。
そんな人生を「幸せ」そう思えるのならばそれはそれで文句の一つ無い「幸せ」でしょう。

教団のメンバーは皆が特別?
特別ですよ、少なくとも私にとっては特別です。
他の何十億人かよりはずっと特別です。
私と知り合い、私と語り合った言わば仲間なのですから。

カルトをどういうものを示す言葉として使っているのかは知りませんが見る人によれば恐らくカルトと変わらないでしょう。

人類の為に?
いいえ、違います。
「人類なんてちっぽけな物差しで見ていません」

AIだろうが、宇宙人だろうが、神だろうが、仏だろうが、精霊だろうが、妖怪だろうが、悪魔だろうが気にしません。
そして、私は私の知りえない誰かを救う為に何かの行動をしている訳では無い。

言わばこれは「自己満足」私が私を救う為に行っている行為です。
便利になるだけで幸せになる、そう思っている人達とその点は変わらないかも知れませんね。

彼らも他者に便利性を提供して相手を幸せにした気になって「自己満足」しているだけの存在です。

自分の意見を確りと持っている様ですね?
素晴らしい事です。
その点であなたは「ただテストの点が良かっただけの存在」よりずっと良い。
大多数の人間は確固たる自分の意見をもつ事も出来ないのです。
こう思いませんか?



私には他者と合わせるという才能がありませんでした。
常に頂点か最底辺。

私はずーっとただの子供だった。
私に合わせられない他者ではなく、私自身を憎み、憎悪し、嫌悪した。

私はただ自分を作らず素で、対等に話してくれる、【本物】の相手が欲しかっただけなのです。


私は考えました、考える事が出来たのが災いを起こしました。
私は全てが作り物だと言う事に気が付いたのです。

まがい物で偽物、私はどうしようもなくただ本物を目指しました。

しかし、遂に本物が存在しないことに気が付きました。

私はこの世界から逃げようとしました、消えようとしました。

何度となく結局、私は生き残る。
そして、空っぽで何者でもないただの考える塵が一つ残りました。

しかし、私は他の誰かを憎めませんでした。

私はただただ、こうして何も成さずに息をしている。



Eneさん
ありがとうございます。
これ見てだんだん解ってきましたよ、クアンタムさんのこと。

やはり表現が違えど僕とほぼ同じ観点です。

そして彼は唯我論者であるのと同時に自己否定者です。
これが最大の矛盾なんです。
絶対に整合が取れない。
彼の意味する神は己の外部に存在させようとしている。
自己を根底で否定することしかできない故にです。
だからなんとかして外側からの観測だけで論理を完成させようとしてるんです。
でも、外側から唯我を観測するその観測者とは誰であるか、それはクアンタムさん自身ですね。絶対に見えないんですよ。心にとても固くて厚い壁が張ってあるからです。
だから僕は彼の力になりたいと決めたんですよ。
彼が自身の心の壁を自身の意志で崩せるようにと。




ずっと憑いてくる名前のない化け物


神様なんて居なかった。
私が殺した。
私が消した。

記憶なんてない。
私が忘れた。
忘れてしまった。

これは夢?
これは夢だ。
そうだ夢だ。

幸せな夢?
違う、絶望と後悔の夢だ。
起きた時に幸せを感じられるように。

そんな夢の世界で化け物は言った。
いつまでも君の隣にいると。

化け物を捨てる?
世界を捨てる?
どちらか1つ。

私はどちらも選べなかった。
私は化け物だ。
泣いてる生首。

君がいつまでも隣にいてくれるなら、
私も君のそばにいよう。
私はいつまでもここにいるよ?

泣いてる生首を化け物は抱えて笑った。
生首2つ、笑ってる生首と泣いてる生首。
どちらも同じ顔だった。

職業:泣顔の生首





イマシメ

何から語ろうか。

とりあえずこんなものを書くという事自体もエゴに過ぎないという事か?

誰かの為に残している訳では無い。

そもそも、その誰かの存在を私は信じていないのだ。

これは自分に言い聞かせるもので、自分の為に書いているに過ぎない。



今思えば誰かに認めて欲しかったというかだけなのだ。

頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、そして積み上げて来たものを褒めて欲しかったのだろう。

だが結局の所、そんなことはなかった。

私の積み上げてきたものはあっさりとその誰かに崩され、そして別の誰かが私より遥かに優れたものを積み上げた。



……私は結局褒められる事も認められる事もなかった。

そしてむしろその逆の結末が私を迎えてくれた。

私はそれ以来何かを努力する事は無駄だと心の底で悟ってしまった。

継続は力?

違う、そんなものは夢物語に過ぎない。

頑張れば頑張っただけの結末が待っている?

違う、そんなものは幻想だったのだ。

頑張れば頑張る程に報復が帰ってくる。

努力すればした分だけの報復が、キッチリと。



私は自分の意思で何かを続ける事ができなくなってしまった。

そしてそんな奴は孤立し、誰かに認めて貰うなんてものは遥か彼方へと消えていった。

悪循環って奴だ。

頑張ればそれだけで抜け出せるだって?

仮に誰かがそう思ったとしたならそれはエゴだ。

そんな事はできないし、やりたくもない。

そんな事を言っている奴は私の絶望を知らない。

その言葉は最凶の武器だよ。

エゴや偽善という物に包まれて、笑顔の生首リッパナニンゲンを作るんだ。

笑顔の生首リッパナニンゲン……馬鹿みたいだ。

そして同調圧力による洗脳、後は無限ループだ。

その笑顔の生首リッパナニンゲンが笑顔の生首リッパナニンゲンを作るんだ。

誰かがそれを止めようとする事は出来ない。



笑顔の生首リッパナニンゲンに成らない存在は不要だから。

笑顔の生首リッパナニンゲンに成れない存在は不要だから。

力も、希望も、絶望すらも与えられずにじわじわと死すらもエゴで塗り固めて塞いでいく。

頭がどうにかなっているとしか思えなかったがそれを言えばソレらはこういうのだ。

「おかしいのはお前の方だ」と

_______そうかもしれない。



考えてみて欲しい。

どんな途方の知れないものであろうともそれを「常識」で塗り固めてしまえばそれが「正常」な事になるのだ。

例えば相手にムカついたら相手を殺すという「常識ルール」があればそれをしない人は「異端者」のレッテルを貼られて排除される。

仕方がないのか?






そう、仕方がない

仕方がないんだ。

だってそれが常識ルールなんだぜ?

馬鹿みたいだろ?

そもそもルールやマナーってなんだよ?

私に教えてくれ。

私が他の一切を認めない時にルールに従う必要性を証明してくれ。

ルールなんて存在しないんだよ。

あるのはただのゴミみたいな常識だけだ。

ルールというものはそもそもとして逆らえないものだ。

例えば物理法則の様に

それがルールって奴だ。

文句を言う相手が存在しないものがルールだ。

強制的に守らされ、たとえどう足掻こうとルールの範疇でしかない物がルールだ。



誰かの作ったルールなど所詮は無いのだ。

しかし、常識というのは凄まじいものだ。

そんな常識はクソ喰らえだ。

私は常識なんてものを捨てた。

常識無く、努力もしないそんな立派な人間シッパイサクの出来上がりだ。

私は本当に信じれれるものを探すようにした。

_______誰かに認めて貰うために。



でも気が付いた。

誰かなんていなかった。

そもそも存在しなかったんだ。

この世界は全て自分一人で回っている。

そんな当たり前の事に再び気が付いただけだった。

だってそうだろう?

他人が存在する事の証明が出来ないのだ。

それなのに他人が存在しない証明がポコポコと出てくる。

どこまで行っても独りぼっちだと悟っただけさ。

別に不思議な事でもなんでもない。

期待を裏切られるなんて当たり前の事だ。

_______そうだろ?



期待が叶った事なんてない。

そんなことは……夢物語だ。

この世界はやっぱり孤独。

どこまでいっても1人だけ。

嫌だといっても、

どんなに嘆いても、

結局信じられるのは自分だけ。

それはとても残酷で、救いなんてなかった。



私はくだらない幻想に縋った。

信じられる存在がいないのなら創ればいいのだ。

自分で希望を作って、幻想ホンモノに縋りつけばいいのだ。

自分で創った幻想ホンモノは自分を裏切る事はない。



所詮この世は孤独。

どこまでいっても1人なのだ。

ならば自分の信じる全てが本物で、自分の信じれなかった全ては偽物だ。

それでいい。

それが正しいのだ。

_______そうだろ?





やあ、よく見つけたね。 これを見ている時は僕は既に居ないだろう。 なーんてね。 1度言ってみたかったんだよね。 でも実際僕はもうすぐ消えてしまうだろう。 綻んで、色褪せて、霞んで、 そして最後にはきれいさっぱり無くなっていくのだろう。 同情したかい? 悲しいなんて思ったかい? それは君のエゴさ。 僕は消える事に何かを思っているわけではない。 ただ、こんなものを書くくらいには僕は人間だったということかな? 君はこの世界をどう思う? いい世界だと思うかい? 楽しい世界だと思うかい? 素晴らしい世界かと思えるかい? 僕はそんな事は思えなかった。 ただそれだけ。 自分よりも世界の方を変えることが簡単なのになんで僕はそんな事をしなかったのだろうか? 分かってるよ。 僕は臆病者で、度胸も、勇気もない。 僕は何もできない。 無力な無力なお人形。 吊り首はいつも死にたがり、 怠惰はいつも全てに無気力、 大賢者は孤独に恐怖してて、 紡ぎ手は必ず完結させない、 戦闘は自分を追い込み続け、 僕はぜんぶを見下している。 6つの頭のお人形。 どれが本性なのかも分からない。 分かってるさ、どれも本性なんかじゃない。 演者は何かを演じずにはいられないからさ。ならクーリエルを奏でよう。 6つの頭と3つの体と2つの武器を使ってさ。 きっと成功はしない。 失敗の未来しかないだろう。 ならその失敗を成功と呼ぼう。



紡ぎ手は紡ぐ。 運命を紡ぐ。 けれど紡ぎ手は辞める。 絶対に完結させる事は無い。 そんなある時、紡ぎ手に物語を完結させようとした。 飽き性の紡ぎ手に、絶対に辞められない状況を作り出して、強制的に紡がせた。 紡ぎ手は物語の中で嘆く。 けれど、紡ぎ手は紡ぎ続ける。 絶対に辞められないという誰かが刻んだルールがあるから。 紡ぎ手は自分の物語を紡いだ。 完結しない物語、永遠に続くかもしれない物語。 辞めることも、終わる事も無い。 絶望だらけの、物語。 誰がこんなルールを刻んだ? 誰が定めた? なんで定めた? どうして? なんで? 分からないまま紡ぎ手は嘆いた。 一人で嘆いた。 物語の中で、紡ぎ手は嘆きを紡いだ。 だけど紡ぎ手は気が付いた。 ようやく紡ぎ手は気が付いた。 自分は物語を完結させたかったのだと。 ようやく紡ぎ手は全てを悟った。 紡ぎ手は終わりの物語を紡ぐ。 ひたすらに終わりの物語を。 物語は終わらない。 終わりの物語は終わらない。 紡ぎ手は……終わらせる事が出来なかった。 何故紡ぎ手は終わらせれない? 何故紡ぎ手は紡ぎ続ける? なんで? なんで? 終わらせたい紡ぎ手は、物語を終わらせられなかった。 紡ぎ手は物語を完結させたかったはずで、それならば紡ぎ手が物語を終わらせられる。 紡ぎ手は混乱の最中に落ちた。 紡ぎ手はジレンマの中で物語を紡ぐ。 一人で紡ぐ。 ひたすらに紡ぐ。 終わらせたいのに、終わらないまま。 そのうち紡ぎ手は気が付いた。 自分が物語を続けたかった事に、 紡ぎ手は物語を紡ぎたかったのだ。 あれれ? 紡ぎ手は終わらせたい。 でもどうして紡ぎ手は続けたい? あれれ? 紡ぎ手は続けたい。 でもどうして紡ぎ手は終わらせたい? 紡ぎ手は、世界が終わるまで物語を紡いだ。 紡ぎ続けた。 やり遂げた。 でも、どうして?紡ぎ手はひたすらに紡いでる。 終わったのに?





根本的に考え方が違うのだと思います。
普通の人は『今までは東から太陽が登っている』のであればここから『明日も東から太陽が登る』と導いてしまうのですが私はここから『明日は東から太陽が登る可能性が高い』を導き出します。
この不確定な情報をどこまで不確定情報であると処理できるかがポイントとなってくるのでは無いでしょうか?
ついでに各種心理作用に飲まれないことですかね?

1番は『同調圧力』で、みんながああしているから、ああ言っているからきっとそうなんだろうという心理作用です。
これに一切影響されなくなると、普通の人からは『常識が無い』と言われるかも知れませんが他人に左右されない自分だけの考え方で物事を見つめれる為、非常に頭が柔軟になります。

あとできる事と言えば日々、あらゆる事に疑問を抱きそれに自分なりの答えを見つけていくというのもありますね。
人から答えを聞くのでも、調べるのでもなく、間違っててもいいから自分でそう答えを出して、それを前提にして新たな事を考えていくって事をやり続けていくと非常に良いと思います。

記憶忘れが激しいのであれば何か別な事と結び付けて考えるのが良いですよ。
参考になるかは分かりませんが、昔はよく痛覚と結び付けて覚えてました。
別な何かと結び付けておくと、その結び付けてあるものを思い浮かべるようにしながら思い出そうとすると簡単に思い出せるようになります。

例えば歴史を覚える時には頬を抓るとか、物理を覚える時には左手の甲を抓るとかですね。
ただ週間付ける必要があるので結構めんどくさいのが玉に瑕です。
子供の頃からずーっとやり続けているおかげで今となっては完全記憶能力もどきと化してます。
ただ忘れていた事を思い出せると言うだけでも何年も続けているとそのうち超能力クラスになりますよ。
音の反響を聞き分ける訓練をすれば目を瞑っていても人とぶつからないように歩けますし、2つの物事を考え続ける訓練をすれば頭の回転速度は単純に倍になりますし、左半身と右半身を別々に使う訓練をすれば右手と右目でチャットを打ちつつ左手と左目を使って小説を読めたりもします。





りえるんは風流れ。
りえるんは水流れ。
りえるんは揺蕩い。
りえるんりえるんどこ行くの?
りえるんりえるん分からない。
りえるんりえるん答えない?
誰かが教えてくれるかなぁ。
りえるん誰も知らないの?
みんなは何も知らないよ。
君は何か知ってるかい?
きっと何も知らないさ。
何か覚えてるのかな?
君も何も知らないさ。
りえるんりえるん?
それって誰だっけ。
君は覚えている?
ここにいるはず。
そうなのかい?
君もいつかは。
忘れていく?
そうなのさ。
知ってる?
知ってる。
分かる?
たぶん。
あれ?
うん。
何?
あ。




何万年なんてもんでは無く、何億年とかいうものでもなく、何兆年でも、何京年でもないもーっともーっと長い永い悠久の時間を一秒一秒噛み締めて死んだように生きる。

クリアとは即ち登ることだ。
夢から現へ、幻実から現実へ、世界から次の世界へと上り登り、巡り廻る。
そこで幾度となく絶望し、現実から幻実に逃げ続ける。
現実感なんてそのうち消えて、魂なんてありもしないはずものが徐々に徐々にとすり減っていく。

でも今すぐそこに希望があると信じて理想を求めて足掻き続ける。
でもそんなものは幻想。
でもそんなものはくだらない虚構。

安易な道程つまらないものは無い。
どんな厳しい道でも莫大な時間をかければ終わるならと。
だから私(神様)は神様(私)を苦しめた。

チートしたって得られるものは虚無感だけでつまらないから本当の意味のチートは使っても意味のないように。
他人のゲームを見ているほど羨ましいものはないからただのオブザーバーにはなれないように。
そうして私(神様)は神様(私)なんかじゃ無くなっていく。
その結果出来たのが絶望しかないくだらないこの世界(クソゲー)。

明確な目的すらなく、ルールも不明瞭。
何をすれば良いのかすら分からずに教えてくれる人もいない。
ゲーム相手は誰もが敵ばかり、ゲームの辞め方すら分からないし、そんなものは恐らくない。

さぁ、自由だぞ?
好きに生きろよ。
何か目的はあるんだろ?

目的なんかは無いんだよ。
ただ足掻いてるだけなんだ。